第1章 夏の知らせ
「それは……あまり読まない方がいいですよ」
店員がちらりと見て、軽く言った。
「“死の前兆”があらゆる所に見えはじめて、それだけで死ぬほど怖くなりますからね」
「……」
ハリーは言葉もなく、その本から目を離せずにいた。
チユは不安げにハリーを覗き込む。
「ハリー……顔、真っ青だよ。大丈夫?」
「……うん」
無理に目をそらし、ハリーはぼんやりとした声で答える。
店員は「未来の霧を晴らす」をハリーの手に押しつけた。
「はい、これでよろしいでしょう。他には?」
「ええと……」ハリーは教科書リストを見下ろしながら続ける。
「『中級変身術』と3年生用の『基本呪文集』をお願いします」
10分後。
新しい教科書を小脇に抱え、3人は店を出た。
「ふう……なんか、教科書買うだけで冒険だったね」
チユは苦笑し、額の汗をぬぐう。
「全くだ。怪物的な怪物の本なんて、もう2度とごめんだな」
ロンが肩をすくめると、ハリーはまだどこか上の空のまま、無言で歩いていた。
3人はそのあと少しだけカフェに寄り、久しぶりにお茶を飲みながら近況を語り合った。
やがて別れの時が来て、チユはハリーとロンに手を振る。
「じゃあ、またホグワーツで!」
声を弾ませる一方で、彼女の胸にはハリーの表情がひっかかっていた。
――あの本の犬を見たとき、ハリーは確かに怯えていた。
それが何を意味するのか、チユにはわからなかった。
けれど、その不安を振り払うように、彼女は歩き出す。