第9章 ハローウィン
ハロウィーンの朝、ホグワーツの窓の外では、冷たい風が石壁をそっとなで、淡い霧のような白い息を吐いていた。
チユはベッドの上で小さく伸びをすると、カーテンの隙間から差し込む薄い光をじっと見つめた。
ホグズミードの日――仲間と笑い合い、甘いお菓子やバタービールを味わう特別な1日。
それなのに、チユの胸の奥はざわついていた。
ハリーのこと。
そして、ジョージとのあの約束が、頭から離れない。
――「ホグズミード、行ったらさ……マダム・パディフットの店で2人でお茶しないか……?」
暖炉の火が揺れていた夜の光景が、ふと蘇る。
あの時、ジョージの声がやけに近くて、胸が熱くなった。
まるで魔法みたいに。
チユは頬が緩むのを慌てて抑え、いつもより丁寧に身支度を整えた。
鏡に映る自分を見つめながら、思う。
今日はハリーは行けない。
浮かれた顔をするのは、なんだか違う気がする。
大広間の朝食の席は、いつもの喧騒に満ちていた。
ハーマイオニーは少し申し訳なさそうな笑みを浮かべ、チユに言った。
「ハニーデュークスで、お菓子をいっぱい買ってくるわ。ハリーの分もね」
「うん、たーくさんな!」ロンが口を挟み、フォークに刺したソーセージを振りながら笑う。
昨日の喧嘩など忘れたように、2人は肩を並べて座っていた。
ハリーは小さく笑い、首を振った。
「気にしないで。パーティで会おうよ。楽しんできて」
その声は静かで、穏やかすぎるほどだった。
チユの胸に、鋭い痛みが走る。
ハリーが誰よりもホグズミードを楽しみたがっていたことを、彼女は知っていたから。
大広間の出口で、チユはふと足を止めた。
石床の冷たさが靴底からじんわりと伝わる。
(ねぇ、ジョージ。あの時の作戦、まだ覚えてる?)
「ハリーも一緒に、ホグズミードで最高のイタズラをやらかそうぜ!」
「準備も悪ふざけも、俺とフレッドに任せとけ!」
あの時、ジョージの目がいたずらっぽく光り、フレッドが肩を叩いて笑った。
頼もしいその言葉を思い出し、チユの唇に小さな笑みが浮かぶ。
でも、今はその作戦を実行できる状況じゃない。
白いため息が、冷たい空気に溶けて消えた。