第7章 まね妖怪との対決
すると、天井の高い部屋に銀色の光がゆっくりと広がり、満月が浮かび上がる。
それは息をのむほど美しい。
けれど……どこか心を締めつけるような、ぞっとするほど寂しい光だった。
チユの心臓が、きゅっと縮こまった。
彼女の小さな手は、無意識にローブの裾を握りしめていた。
――リーマスの“恐怖”の象徴。
彼女だけが知っていた。
リーマス・ルーピンが、夜空を見つめるあの眼差しを。
いつも穏やかに笑う彼の顔には、決して消えない影が宿っていた。
満月の光が、彼の心にどんな傷を刻んでいるのかを、チユは感じ取っていた。
「……リディクラス!」
リーマスの声が低く響き、教室の空気を切り裂いた。
満月がふっと薄れ、代わりに現れたのは――丸い、黄色いチーズだった。
教室にいた生徒たちが一瞬呆気にとられ、すぐにくすくすと笑い声が広がった。
リーマスは穏やかに微笑み、教室を見渡した。
「よし、次は……ゼロ、行こうか」
ざわ、と空気が変わった。
皆の視線がゼロ・グレインへと向かった。
長い黒髪が顔を覆い、猫背の姿勢でうつむく彼は、まるで影そのもののようだ。
彼の動きには、どこか人間離れした静けさがあった。
まるで、風のない湖面のように、一切の揺らぎがない。
チユは無意識に息を呑んだ。
――ゼロも、リーマスと同じ“影”を持つ人。
見ず知らずの闇を、胸の奥に閉じ込めた者たちの、独特の静けさを感じる。
ゼロがゆっくりと杖を構えた。
長い前髪の隙間から、鋭いサファイアのような瞳が一瞬だけチユと交錯した。
その目に宿るのは、諦めと、どこか遠くを見据えるような覚悟だった。
パチン。
次の瞬間、空気がひんやりと凍りつく。
ボガートが形を変え――現れたのは、黒い狼の影だった。
毛並みは荒れ、牙は赤く濡れ、眼は血のように光っている。
チユの背筋が凍る。
それは、まるで“ゼロ自身”の呪われたもう1つの姿のようだった。
教室がざわめき、恐怖と好奇心が入り混じった空気が広がった。
だが、ゼロの瞳は痛いほど静かだった。
彼はただ、じっとボガートを見つめていた。
その視線には、恐怖も、怒りも、ただ深い諦めだけが浮かんでいた。
「――リディクラス」
彼が小さく唱える。