第97章 忘れたい〜時透無一郎 不死川実弥【R強強】
ゆきは、特にすることもなくぼんやりと縁側に座っていた。
初夏の陽気は少し暑く、庭の緑が綺麗に揺れていた。
部屋に戻ろうとしたその時、頭上に一羽の鴉が舞い降りた。
義勇の鴉、寛三郎だった。
ゆきは反射的に立ち上がる。忘れようとしているのに…
「あの…義勇さんの伝言なら、聞きませんから」
背を向けようとしたその背中に、寛三郎の弱々しい声が刺さった。
「義勇ハゆきガ好キナンジャ…。ズット、独リボッチデ生キテキタ男ガ、オ前ヲ失ッテ壊レカケテオル…」
ゆきの足が止まる。胸が痛む…。だけどどうしようもない
「…今朝は、何か食べていましたか?」
「オ前ガ残シテイッタ鮭大根ダケヲ、黙々ト食ベテイタ」
ゆきの目から、不意に涙がこぼれた。
昨日の朝、義勇のために作った料理…今朝も食べてくれたんだ。
「…ごめんなさい。私はもう、あの場所には戻れないの」
そう言い残し、ゆきは震える足で部屋に逃げ込んだ。
夕方過ぎに、屋敷に戻ってきた無一郎は、まっすぐゆきの元へ向かった。
結局、今日も美月の探す母の形見の簪は見つからなかった。
「一人で、今日一日何をしていたの?」
「…別に。縁側で風に当たっていただけ」
無一郎はふんと小さく鼻を鳴らすと、ゆきの隣に深く腰を下ろした。
「無一郎くん、夕飯は?」
ゆきが遠慮がちに促すと、無一郎は答えず、無言のままゆきの指先に自分の指を絡めてきた。
その瞳はどこか不安げで、ゆきの心を見透かすように揺れている。
「どうして僕を見ないの」
「……」
「君が何を考えているか、全部わかっているつもりだよ。僕が君の瞳に映る唯一の存在になりたいんだ。…ねえ、冨岡さんの事は忘れてよ。」
ゆきは、慌てた様子で答える
「べ、別に義勇さんの事など考えていません。」
慌てふためくゆきに、無一郎は甘える声で囁いた。
「じゃあ…婚約しよっか。僕はもうすぐ十五になるまだまだ子供だけど、婚姻の約束はしておきたいから」
はい、と即答できなかった…。
「もう無理強いはしない。この話しは、頭に入れておいてね。」
無一郎は、ご飯を食べて来ると部屋を出て行った。