第96章 さようなら〜冨岡義勇
「落ち着きましたか?」
ゆきの穏やかな問いかけに、義勇はゆっくりと、まるで夢から覚めるように腕の力を緩めた。
胸元に手を添え、ゆきはそっとその体温から距離を取る。
突き放すのではなく、これ以上甘えてしまえば、二度と歩き出せなくなると思ったから…。
「もう、帰らなくては」
ゆきは静かに羽織を脱いだ。
かつて義勇から贈られた、淡い桜色の羽織。
二人が出会ったあの日の桜と同じ色だ。それを畳み、義勇の手に渡す。
「師範がくださったこの羽織、お返しします。私は…鬼殺隊も辞めることになりますから。新しく継子を迎えた時に、その方に贈ってください」
義勇が行かせまいと、その腕を掴もうとしたが、ゆきはそれをしなやかにかわした。
「義勇さん、どうか、生きてください」
とだけ言い残し、出口へと背を向ける。
去りゆく背中を、義勇は桜色の羽織を握りしめたまま、ただ見つめることしかできない。
止めても無理だと自分でも理解しているから…
しかし、道場からゆきの姿が消えた瞬間、義勇の足が衝動的に動き出した。
門を出て暗闇を歩くゆきの前に立ちはだかり、その肩を掴んで、強引に唇を重ねた。
それは先ほどの悲しい口付けとは違う、本能的な口付けだった。
熱を帯びた舌が絡み合い、荒い息遣いが静かな夜道に響き渡る。
ゆきは、その強引な口付けに身を委ねた…舌が絡みつく、それに答えゆきも舌を絡ました。
義勇の背中に指を食い込ませ…。
「…行かなくては」
荒い呼吸を整え、ゆきが震える声で呟く。
義勇は一度は離した腕を、すぐさま強く引き寄せることはできなかった。
代わりに、言葉を送る…
「ゆき……愛している」
立ち尽くす義勇の言葉は、愛の呪縛となってゆきを捕らえた。
「これから先、誰も愛さない。ずっと一人でいる。ずっと、お前を待ち続ける」
振り返れば、義勇の元に駆け寄ってしまう。
ゆきは溢れる涙を拭うこともしないまま、一度も後ろを振り返らずに歩き続けた。
義勇の「待ち続ける」という言葉を背中に受け止めながら、無一郎の待つ屋敷へ。
「愛している!お前だけだ!」
義勇さん…そんな事を言わないで…。
さようなら…私の初恋の人…