第96章 さようなら〜冨岡義勇
義勇の腕の中で、ゆきは自分が溶けて消えてしまいそうだった。
一度踏み出した別れの決意が、義勇の体温と香りに触れただけで、簡単に崩れ去っていく。
「俺から離れる事は許さない」
その言葉は、命令というよりも、すがるような願いに聞こえた。
ゆきは必死に理性を保とうと「いけません」と口にするが、義勇の背中に回した指先は、かえって彼を強く引き寄せてしまう。
心と体が矛盾する悲しみに、ゆきは胸が張り裂けそうだった。
私は…義勇さんから離れなきゃいけないのに…
「継子は辞めさせない。俺は認めない。勝手に決められては困る」
義勇の嫉妬と悲しみに満ちた声が耳元で震える。
義勇はゆきの頬を片手で優しくすくい上げ、ゆっくりと顔を近づけた。
逃げ場のない距離。しかしゆきは拒むどころか、体を委ねそっと瞳を閉じた。
重なった唇は、とても熱く、そして痛いほどに切なかった。
それは愛を確かめ合う口付けではなく、明日という未来を失うことを悟った二人が、まるで互いの存在を忘れないようにする悲しい儀式のようだった…。
義勇の唇から伝わるのは、彼が押し隠してきた孤独と、ゆきに対する不器用な愛情。
ゆきは涙を堪えきれず、瞳から溢れ出した。
私は、この抱きしめられた時の温もりが…好きだった。
「…義勇さん、ごめんなさい」
唇が離れた瞬間、ゆきは震える声で囁いた。
「俺は、認めない明日もお前は、継子のままだ!」
外はもう、夕暮れが終わりを告げ、夜が道場を包み込もうとしていた…。
義勇は再びゆきを抱きしめ、その肩に顔を埋める。
「そろそろ帰らないと…」
「嫌だ…」
「無一郎くんが、心配するので」
義勇は、ゆきを抱きしめて離さない…切ない時間が流れる…
「離せばお前は、もう…明日から来ないのだろう?」
耳元で、震えながらそう必死に私に言う義勇さんは、いつもの威厳のある水柱とは思えないほど弱々しかった…。
私は、自然と義勇さんの背中を擦りトントンとあやすような事をしていた…。
きつく私を抱きしめた腕は、緩まる気配はなかった。