第96章 さようなら〜冨岡義勇
夕暮れが道場を薄紅色に染め始めた時だった。義勇さんが、稽古を終える言葉を告げた。
「今日の稽古はこれで終わろう」
いつもより早い切り上げに、私の心臓が止まりそうになる。
「えっ?いつもより早くないですか?」
努めて平静を装ったが、声が僅かに震えた…。
「昨夜、雨にたくさん打たれただろう?体は疲れているはずだ。今日は、もうやめとこう」
その優しさが、今の私には何よりも残酷だった…。近頃の鬼の出現減少を引き合いに出し、義勇さんは穏やかに微笑む。
「そう焦らずとも、剣技を磨く時間はたっぷりある。また明日、稽古しよう」
また明日
もう明日はないんです…義勇さん…今日が最後なの…
もう二度と、この道場であなたの背中を追うことはない。
あなたと肩を、並べて戦う日々は、この瞬間に幕を閉じる。私たちはもう、別々の道を歩む運命なの…。
「今日の…昼食はとても旨かった…。また作ってくれるか?」
照れた表情で、義勇さんが私を見つめてくる。
私は視界が滲んでしまうのを懸命に堪えた。ここで泣いてしまえば、何もかもが崩れてしまう気がした。
「…」
「す、すまない…今日のゆきがあまりに昔のような雰囲気だったので、つい…」
義勇さんは、頭を掻きながら背を向けた。
言わなければ…今日で、継子を解消すると…無一郎くんが、今日お館様に話している事を…
「義勇さん!実は…今日を限りに、継子を辞することに決めました。お館様には、無一郎くんがその旨を今日伝えているはずです」
「えっ?」
義勇は、驚いた表情で振り返った。
「だから…明日のお稽古はもう…ないんです。」
「何を勝手な事を…駄目だ!」
ゆきは、悲しく微笑みながらゆっくりと顔を横に振る。
義勇は、気が付くとゆきを強引に抱きしめていた。
「駄目だ…お前は、俺の継子だ!」
腰に背中にまわした義勇の腕が、きつくゆきの体を自身に引き寄せる。
ゆきは、抵抗するどころかそっと義勇の背中に手を回した。
「義勇さんのこの香り…好きでした…。抱きしめられると義勇さんから大人な香りがして…安心するんです。」
ゆきのその言葉を聞き、義勇はもっともっと強く抱きしめた。
「俺もお前のこの香りが好きだ…甘い香り…俺から離れる事は許さない…」