第96章 さようなら〜冨岡義勇
午後の日差しが、道場に光を落とす。
私の身体は「継子」として受ける最後の指導を、一分一秒でも長く刻もうと必死だった。
明日には、すべてが変わる。
継子を解消したら多分私は鬼殺隊を離れさせられると思う…
無一郎くんの元へいずれ嫁ぐ…。
そこには静かで安全な日常があるけれど、この張り詰めた空気も、命を懸けて戦う日々も、もう二度と戻らない。
私を導いてくれる義勇さんの背中も、もう遠い存在になる…
「もう少し腰を落として構えてみろ」
義勇さんの大きな手が、私の腰に触れる。
その指先が触れた熱が、内側に押し込めていた本心を激しく揺さぶった。
継子を辞めたくない。まだ皆と戦いたい…
「はい」
元気に装った声で返事をして、深く息を吸い込む。
「足をもっと踏み込んでみろ」
再び義勇さんの声が重なる。背後から添えられたその掌は、驚くほど温かい。これが、最期の教えになる。
もっとあなたといたい。任務に出て、肩を並べて戦い、鬼を倒したい。
そんな身勝手な願いは、誰にも言えない秘密だ。
今日という日が、私たちの関係の終着点であることを、義勇さんはまだ知らない…。
この穏やかな午後の稽古は、もう二度と来ない
「…いい構えだ」
不器用な褒め言葉が、胸を締め付ける。
その言葉を素直に喜べない自分がいた。この優しさを、永遠に感じていたい。
私は涙を堪え、ただ一心に剣を振った。
汗が滴り、息が上がる…
この痛みも、この熱さも、明日には思い出になってしまう。
無一郎くんとの約束された未来へ向かう足は、なぜか重く地面を掴んでいた。
窓から入り込む風に、道場の匂いが混じる…。
義勇さんの整った横顔を盗み見ると、義勇さんはまだ、明日も変わらず私が隣にいると信じているような、柔らかな眼差しを向けていた。
その残酷なほどの信頼が、私の心を引き裂く…。
けれど、泣いてはいけない。私は必死に唇を噛み締め、最後の最後、義勇さんの背中を目に焼き付けた。
あと、数時間で
この道場の空気が、私の世界から消える…。
どうかこの時間が、永遠に続いてほしい。
そんな願いを、私は鋭い剣筋にすべて込めた。
あなたの継子で、いれて…幸せだった…。