第94章 新たな生活〜時透無一郎 冨岡義勇【R強】
「こんなこと、もう困ります」
ゆきは呼吸を荒くし、涙ぐんだ瞳で義勇を見つめた。
義勇は、先ほどまで自分の腕の中にあった体温と残り香を惜しむように、切ない表情でじっとゆきを見つめた。
「俺は…。俺の体を気遣って、朝早くから料理を作ってくれたお前が、まだ俺の事を……」
「それは!」
ゆきは義勇の言葉を遮るように、食い気味に遮った。頬を赤くさせながら、必死に自分の心に言い聞かせるように言葉を続ける。
「柱であるあなたは、いつでも万全でいなければならない。継子として、師範の健康を心配するのは当然のことです。……私は、無一郎くんを選んだのです。お願いですから、もうやめてください」
その言葉は、義勇の胸を貫く。
義勇にとってその「心配」は、淡い期待を抱かせる甘い甘い行為だった。
義勇の表情を見るとゆきの胸が締め付けられる。
「…ゆき」
「稽古を、早くつけてください」
ごめんなさい…義勇さん…私余計な事をしてしまいましたよね。稽古以外で関わってはいけないのに…
「…わかった」
義勇の声が寂しそうに響いた…。
夕方まで、二人の間に交わされる言葉は竹刀のぶつかり合う音だけだった。
沈黙は重く、しかしその一振り一振りに、義勇の届かない想いがこもっていた。
帰り支度を整え、道場を去ろうとするゆきに、義勇が声をかける。
「今夜も警備に出る。…前みたいに、一緒に来てくれるか?」
ゆきは歩みを止め、少しだけ考えてから答えた。
「警備も立派な任務です。…勿論、お供します」
その言葉に、義勇は胸が高鳴る。
断られると思ったから…これが彼らにとって、許された唯一の二人の距離感…。
「では、時透には警備に連れて行くので、帰りが明け方になると鴉を飛ばしておく」
「…はい」
無一郎くん…いい気しないよね?
元々継子を、やめて欲しい感じだったのに…明け方まで警備って…
警備中も、何も話さないでおこう。
必要事項だけ…話すのはそれだけにしよう。
それ以外は…
私と義勇さんは、師範と継子…
ただそれだけなんだから…