第94章 新たな生活〜時透無一郎 冨岡義勇【R強】
翌朝、ゆきは気怠さを感じながら目を覚ました。
寝床に無一郎の姿はなく、窓から差し込む朝陽が白い肌を照らしている。
まだ肌寒い早朝、ゆきは浴衣を羽織り、隣の自室へ戻って隊服へと着替えた。
出発の準備を整えたところで、襖の向こうから無一郎の声が掛かる。
「早いね」
ゆきは動揺を隠し、「うん…行ってくるね」と平静に応じる。
だが、無一郎の「稽古しかしちゃ駄目だよ」という言葉が背中に刺さり、足が止まる。
その無邪気な声に潜む嫉妬に
「当たり前でしょ」
と短く返して部屋を飛び出した。
彼女が急いでいたのには、無一郎には決して言えない目的があったからだ。
向かった先は、義勇の屋敷の台所だった。
台所で黙々と包丁を握るゆきの姿に、驚いた隠が声を潜めた。
「ゆき様が作ると、柱も喜びますよ!」
「私が作ったことは、どうか伏せておいてください。」
義勇の愛を拒絶し、無一郎を選んだ自分が、師範の心身を案じるなど許されるはずがない…。
だけど、昨日見た元気のない義勇の姿が頭から離れなかった。
「食事を取れてないと聞いて…師範の好物を作りたくて…」
かつお出汁の優しい香りが台所に満ちる。
ゆきは、無一郎の腕の中で愛を誓いながらも、その一方で義勇の孤独に触れずにはいられなかった。
隠に配膳を託すと、ゆきは義勇が居る部屋へと向かった。
愛の果てに選んだ道と、切り捨てたはずの絆…。
柱なのに…体を壊したらいけないから…
ただそれだけ…
ご飯を、食べてもらいたいだけだから。
自分に都合よく言い聞かせているのはわかっている。稽古以外で、関わるのは良くないと…
だけど…
「師範…。おはようございます。」
義勇は、ゆきの声に驚き目を覚ます。早朝だったためまだ布団の中にいた。義勇は、慌てて起き上がり襖に手をかける
襖が、ゆっくりと開き寝間着姿の義勇が、現れた。
彼は、来るはずのないゆきが部屋の前に居ることに戸惑っているように見えた。
「あの…食事をあまり取っていないと聞きました。」
「…あぁ…食欲が無いだけだ」
「今朝の朝食はきちんと食べて下さい。それだけです。先に道場で、素振りしています」
そう言い残しゆきは、行ってしまった。