第93章 産屋敷邸での波乱〜時透無一郎 冨岡義勇【R強】
「何の騒ぎだ!」
義勇が、騒ぎを聞き門の辺りまで来ていたのだった。
騒ぎの元、門の向こうへ視線を走らせた義勇の瞳が、ゆきを捉えた瞬間彼は、目を見開いた。
隠たちが慌てて道を空けると、そこには戸惑い俯くゆきの姿があった。
義勇の止まっていた日常が、この瞬間動き出した。
「ゆき……」
名前を呼ぶ声は、震えていた…。
義勇は周囲の目も憚らず駆け寄り、ゆきの体を力いっぱい抱きしめた。温もりを確かめるように、何度も名前を繰り返しながら…。
「ゆき、ゆき…ゆき」
その抱擁は、感情を殺し続けてきた義勇の、切実な想いのようだった…。
ゆきは腕の中で戸惑い、無一郎の顔がよぎる…しかし目の前にある義勇の激しい鼓動が、心をかき乱してくる。
「手紙は届いたか? きちんと寛三郎にもらったか?」
義勇はゆきの肩を掴み、その瞳を真っ直ぐに見つめた。
そこには、柱としての威厳も、しのぶの婚約者としての冷静さもない。ただ、愛する人を失うことを何よりも恐れる、ひとりの男の顔になっていた。
泣き出しそうなほどの切迫感。初めて見る義勇の剥き出しの感情に、ゆきは胸が締め付けられる。
忘れようと決めたはずだった。無一郎と新しい未来を歩もうと誓ったはずなのに…。
目の前で壊れそうに自分を求める義勇に、閉ざしたはずの想いが蘇りそうになる…。
「…義勇さん、どうして今さら」
ゆきの震える問いかけに、義勇は何も答えず、ただ再び強く抱きしめた。
しのぶという婚約者の存在。無一郎への罪悪感。ゆきの心は乱れる。
ただ一つ確かなことは、この抱擁が残酷なほどに愛おしく、そして決して許されないものだということだった。
「は、離してください!」
ゆきは、義勇の腕を振り切り距離を取った。
周りの隠達は、悲しそうな表情でそれを見ている…。
「皆見ている前でこんな事…辞めてください!また誤解されて変な噂が立ちますよ!」
ゆきは、後退りどんどん義勇から距離を取っていく。
義勇は、構わず距離を詰めゆきを簡単に抱きかかえた。
「産屋敷邸出発まで、おれの部屋に誰も近づくな。」
隠に、そう言い残し義勇はゆきを抱え廊下を進んだ。