第90章 好き〜時透無一郎 冨岡義勇【R18】
義勇の屋敷を飛び出したゆきを待っていたのは、数人の隠たちだった。
「時透様の無事が分かって本当に良かったですね」
「明日からはまた、稽古に来てくださいね」
口々に温かい言葉をかけられる中、例の隠だけは、複雑な表情でゆきを見つめていた。
その不穏な視線に気づいた別の隠が、釘を刺すように低く囁いた。
「お前、この屋敷の手伝いは今日で終わりだろ。隊士宿舎に戻っても、余計な噂話はするなよ」
背後に聞こえるそんなやり取りに気付かずに、ゆきは無一郎の屋敷へと出発した。
頭の中は、先ほど抱き寄せられ触れた義勇の熱い体温と、強引な口づけの余韻で支配されていた。
それと義勇の口から出た…好きと言う言葉…
しのぶさんがいるのに、どうして…今更…頭が混乱しちゃうよ…駄目だ、こんな事ばかり考えちゃ
今は…そんな事よりも、この目で無事な姿の無一郎くんに会うのが先だよ…
いま向かうべきは、無一郎の屋敷。
任務に出てから消息を絶っていた、無一郎のもとへ…
美月と抱き合っている姿を目撃したり、朝まで部屋に籠もっていたのを目撃したり…モヤモヤは消えないけど…。
それでも、いざ彼が窮地に陥ったと知ったとき、心が求めたのは「ただ生きて、無事でいてほしい」という切実な願いだけだった…。
「はぁ…はぁ…」
ゆきは、息を切らしながらひたすら走り続ける。
乱れた髪も、まだ赤みの引かない唇も、気にせずに走った。
ようやく辿り着き、屋敷の門をくぐると、待機していた隠が「時透様なら、既にお戻りですよ」と教えてくれた。
「ありがとう」
ゆきは廊下を駆ける。
無一郎のいる部屋の前で、息を整えた。
安堵と、少しの怖さを抱えて。
ゆきは震える手で、勢いよく襖を開け放った。
「無一郎くん…!」
息を切らせたゆきの視線の先、待ち焦がれたその姿が、ゆっくりとこちらを振り返る…。