第89章 それぞれの夜〜冨岡義勇
水柱邸の廊下ーー
暗い廊下を運ばれる間、ゆきの心臓は、義勇の鼓動と共鳴するように激しく波打っていた。
寝室に辿り着き、柔らかな布団の上に下ろされた瞬間、逃げ場のない恐怖と、義勇を拒絶しきれない自分への苛立ちが爆発する。
「やめて…! 嫌だ、離して…!」
布団から這い出そうとするゆきの手首を、義勇は躊躇すること無く掴み、覆い被さるように組み敷いた。
「一緒に寝ない…お願い、一人にして!」
「駄目だ。お前を一人にはさせたくない。…何もしない、ただ隣にいさせてくれ」
義勇は、引かなかった。
だが、今のゆきにはその言葉さえ、自分を縛り付けるように感じ息苦しかった。
自由を求めて必死にもがくゆきの肌に、義勇の熱い息がかかる。
暴れるたびに、薄い寝間着越しに伝わる義勇の逞しい体の感触が、ゆきの体に直に伝わってくる。
「暴れると…こうやって黙らせるぞ」
声を発した直後、熱い唇が強引に重なった…。
「んっ…ふっ…!」
それは、吸い付くような深い口づけだった。
間近で感じる義勇の香りと、口内に侵入してくる舌に、ゆきの意識は飛びそうになる。
だが、無一郎への罪悪感と意地がゆきを突き動かした。
ゆきは必死の思いで、義勇の唇を強く噛み切った。
「っ…!」
血の味が口の中に広がる。
義勇がわずかに怯んだその隙を突き、ゆきは義勇を突き飛ばして部屋を飛び出した。
廊下を、裸足のまま、ただがむしゃらに駆ける…。
背後で、義勇の足音が響いた。
「ゆき…!」
唇から一筋の血を流しながら、義勇が追ってくる。
逃げないでほしい…ゆき…俺をそんなに、拒絶しないでくれ…
暗い屋敷の奥へと消えていく二人の影…
「来ないで!」
「ゆき!隠も寝ている静かにしろ」
離れの廊下まで追い詰めたゆきの腕を、義勇はぎゅっと掴んだ。
逃げないでくれ…ゆき…