第89章 それぞれの夜〜冨岡義勇
同じ時刻、藤の宿ではー
「どうして…どうして君が僕と同じ部屋に、同じ布団にいるの? 自分の部屋で休めと言ったはずだよ」
頭を抱え、無一郎は声を荒げて問い詰める。
しかし、美月は恥じらう素振りを見せながらも、逃げようとはしなかった…。
「…勝手に入ってきたのは、私かもしれません。でも…私をゆきさんと間違えて、あんなに熱く抱き寄せたのは、無一郎様ではありませんか?」
その言葉は、無一郎の胸に刺さった…。
不覚にも夢に溺れ、判断を誤ったのは自分だ。
否定できない事実が、無一郎を黙らせた。
「とにかく、今すぐ出て行って。自分の部屋に戻るんだ」
しかしいっこうに、美月は動かない。
それどころか、美月は無一郎の胸元に顔を埋め、しがみついた。
乱れた着物の隙間から、晒を巻いていない彼女の柔らかな体温が、無一郎の剥き出しの胸板に直接伝わってくる…。
「いくらそんな風に誘惑したって、僕は動じないよ、何も感じない。…離れて」
冷たい無一郎の視線が美月をじっと見つめる。
だが、美月の覚悟は無一郎の想像を遥かに超えていた。
「いいえ、離しません…。ゆきさんがいない今、貴方を癒せるのは私だけです…」
美月の指が自らの浴衣の帯に掛かる。
ハラリと衣服が滑り落ち、白い肌が月の光に晒された…。
「何してるの?辞めてよね…」
無一郎は、冷静に美月のはだけた浴衣を肩に掛けてやった。
「もっと自分を大切にしなよ…」
「わ、私は無一郎様の事をお慕いしております!」
「それは、わかってるよ」
「ならば…」
なおも、自分にしがみつく美月を無一郎は優しく引き離す。
「わかってよ…美月…部屋に戻って。明日は一旦屋敷に帰ろうゆきが心配しているかもしれない。」
「無一郎様…私は…」
「君じゃないんだ。僕の好きな人は…だから…」
窓の外では、藤の花が静かに揺れている。
想っても届かぬ思いに美月は、小さく頷き部屋を出て行った。