第86章 無一郎と美月の秘密【R18】時透無一郎
「泣かないで、取り敢えず部屋に行こうか」
無一郎は優しく微笑み、ゆきの涙で濡れた頬を指先でなぞった。
屋敷の玄関先では、美月が無一郎の帰りを待ちわびるように立っていたが、無一郎は目も合わさずに通り過ぎた。
今の無一郎にとって、美月の出迎えよりゆきの事が気がかりだったから…。
無一郎はそのまま、ゆきを支えるようにして奥の部屋へと連れて行き、座り込んだ彼女の肩を抱き寄せた。
「落ち着いたら、ご飯にしようね」
そう言って覗き込んだゆきの首筋に、無一郎の視線が止まる。
今朝、自身がつけたはずの赤い痕。
しかし、そのすぐ隣に、見覚えのない新たな跡が混じっていた。
それは義勇が蝶屋敷から戻った際、無防備に眠るゆきに付いていた跡を見つけ嫉妬にかられて付けたものだった。
無一郎の指先が、その新しい跡に触れる。
ぴくりと肩を揺らしたゆきに、無一郎は逃げ場を塞ぐように、問いかけた。
「ねぇ。今朝さ…僕からなんで逃げたの?」
「え…?」
「寝間着のまま、紐も締めずに廊下に飛び出したでしょ。嫌って言いながら…あんなに慌てて、どうしたの?」
ゆきは、言葉に詰まった。
任務に向かったはずの無一郎が、着崩した寝間着姿で美月の部屋から出てくるのを偶然見てしまったこと。その直後、何事もなかったかのように自分の部屋へ現れ、触れてこようとした無一郎の気持ちが見えなくて、逃げ出した。
「…それは…」
言えるはずがなかった。無一郎を信じたい気持ちと、目の当たりにした光景への不信感。
義勇の温もりと、今目の前で自分を愛おしそうに抱きしめる無一郎の熱。
「言いたくないならいいけど…。びっくりしちゃったからさ…もう嫌がらないで…」
無一郎はそう囁くと、義勇の跡を上書きするように、より深く、その白い肌に吸い付いた。
「無一郎くん…そんな跡もう付けないで…恥ずかしいから…」
「隊士宿舎に戻らないんだ見られるとしても屋敷の隠か、冨岡さんくらいにしか見られない」
ゆきは、耳元で話す無一郎から体を捩り離れようとした。
「どうしたのさ?今朝から変だよ…」
「あの…汗かいてるしお風呂入ってくる」
そうやってゆきが、自分から逃げようとしている事に無一郎は気付いていた。