第85章 霞柱邸〜時透無一郎【R強】
次の日ー
朝食の席に座る無一郎は、昨夜の多幸感を隠そうともせず、どこか心ここにあらずといった様子で上機嫌だった。
ゆきが義勇を忘れていない事は確かだが今は自分の元にゆきが、いる…。それだけで幾らでも忘れさせる事が出来ると確信していたからだった。
そんな無一郎に美月が、いつものように甲斐甲斐しく手を伸ばした。
「無一郎様、お口に汚れが…」
しかし、その指先が触れる前に、無一郎は冷たくその手を叩き落とした。
「やめてよね。…僕に触れていいのは、君じゃない」
突き放すような低い声…。
美月は指先の痛みよりも、無一郎から向けられた冷たい視線に、言葉を失った。
その横で、ゆきはただ静かに食事を続けていた。
ふとした拍子に、ゆきが髪を耳にかけた瞬間、美月は息を呑む…。
白く細い首筋に、鮮やかに残された紅い跡…。
美月は一瞬で悟った、昨夜、無一郎とゆきが一夜を共にしたと…
最近無一郎から優しく扱われていた美月は、ひどく虚しく淋しい気持ちになった。
朝食を終え、ゆきは義勇の屋敷へ稽古に向かうため席を立った。
心の中には、まだもやもやがある…まだ自分でもよく気づいていないが義勇への切ない想い…。
けれど、今こうして無一郎に強く求められ、深い愛で上書きされるたびに、心の穴が、熱い体温で満たされていく…。
義勇へのよくわからない想いに苦しむ自分を、無一郎の激しい愛が今は救ってくれている。
そんなゆきの背中に、無一郎が歩み寄り、耳元で甘く囁いた。
「今夜は任務だけど、すぐに終わらせて帰ってくるから。…僕の部屋で待ってて…今夜もしたい…いいよね」
それは、無一郎からの誘いだった。
ゆきは、その熱い誘いに小さく頷いた。
今のゆきにとって、自分を必要としてくれる無一郎の腕の中は、唯一の安らぎであり、逃れられない甘い癒しになりつつあった。
「うん…待ってるね。お稽古行ってきます。無一郎くんも気を付けてね。」
少し微笑んだあと、ゆきは屋敷を出た。
背中に感じる無一郎の視線は、どこまでも熱く、ゆきを離そうとはしなかった。
やっとゆきが、僕のほうを向いてくれた…
今夜も君と…
繋がりたい…それだけで僕は頑張れるから…