第85章 霞柱邸〜時透無一郎【R強】
義勇の屋敷へ足を踏み入れると、誰か来ている様子だった。
道場を覗くと、馴染みの顔である三田の姿があった。
「あっ、ゆき!様子を見に来たんだよ」
三田は安堵の表情を見せつつも、隊士宿舎の不穏な現状を伝えてくれた。
一部の隊士たちの間で、まだゆきと水柱が不適切な関係にあるという心無い噂が、いまだに燻り続けているという事だった。
「俺も耳にするたび弁解して回ってるんだが、なかなかね…。今はまだ、宿舎には戻らない方がいい」
申し訳なさそうに語る三田に対し、傍らで聞いていた義勇は、感情の読めない声で短く告げた。
「面倒をかけるな、三田」
三田は、また報告をしに来る事を約束して隊士宿舎に戻って行った。
道場に二人きりになった…。
無言のまま二人は稽古の準備を進める…義勇の視線がふと、ゆきの首筋に向いた…。
白い肌に浮かび上がる、無一郎がつけたであろう赤い跡…。
「昨夜はよく眠れたか?」
唐突でいて、どこか嫌味のある問いに、ゆきは一瞬、心臓が飛び跳ねるのを感じたが、すぐに平静を装い「はい」とだけ答えた。
その返事が、義勇の胸の奥に燻る嫉妬の火に油を注いでしまった。
「始めるぞ」
稽古が始まった瞬間、義勇の放つ空気が一変する。
竹刀を振るう手に込められた、いつも以上の速さと重圧…。
それは無意識に漏れ出した、嫉妬心と苛立ちの現れだった。
ゆきは、義勇の圧倒的な力に押し込まれ、息を乱しながらも必死に食らいついていく。
無一郎に熱く上書きされた身体は、いま義勇の激しい剣筋に、翻弄されていく…。
「全然動けてないぞ!遅すぎる!」
容赦なく義勇の竹刀がゆきの背中や、足に当たる…
「何をしている?遅すぎて話にならん…」
また義勇の竹刀がゆきの肩や胴に入る…。
「ハァハァハァ…」
「何だ?もう息が上がっているのか?」
次の瞬間竹刀がゆきの首筋ギリギリに入った…
「こんな所に跡なんかつけるから…次の日の稽古に支障が出るんだ。一晩中寝てないんじゃないか?だから動きも鈍い。」
ゆきは、慌てて首元を隠した。
「休憩だ…」
義勇は、そう言い残して道場から出て行った…。
道場には、ゆきの激しい息遣いだけが響いていた。