第85章 霞柱邸〜時透無一郎【R強】
とぼとぼと、歩きながらゆきは無一郎の屋敷へと帰ってきた。
ゆきが時透邸へと戻ったとき、屋敷は静まり返っていた。
無一郎と美月の姿はなく、常駐の隠にただ「先に休むように」と伝言を託していた。
「ゆき様お風呂の用意もお食事も出来てますよ」
「ありがとうございます!ではお風呂に入りますね」
冷えた心を温めるように浸かった湯船の中で、ゆきはひとり、出口のない思考を繰り返していた。
義勇さんの継子、もう辞退しなきゃ…何度も伝えたはずの言葉だけど義勇さんは全然聞き入れてくれなかった。
けれど、隊士宿舎であれほどの騒ぎになってしまった今なら、解放してくれるような気がする…
「…のぼせちゃったかな」
ゆきはフラフラと脱衣所へ上がり、濡れた髪のまま廊下を歩く。
自分の部屋の襖を開けたつもりだったが、そこは隣にある無一郎の部屋だった。
畳に倒れ込んだ瞬間、猛烈な眩暈をおこし、ゆきはそのまま意識を失った。
どれほど時間が経っただろうか。
闇の中に、微かな足音と襖が開く音が響いた。
「…ゆき? なんでこんなところにいるの」
聞き慣れた声
無一郎は、自分の部屋の真ん中で力尽きているゆきを見つけ、音もなく駆け寄った。
畳に触れるゆきの肌は、お風呂上がりの熱を含みて赤らんでいた。
「僕を待っていたの…?」
無一郎は膝をつき、熱に浮かされるゆきの頬にそっと手を添えた。
その掌の冷たさが心地よくて、ゆきは夢うつつにその手に頬を寄せた。
無一郎の瞳が、切なげに揺れる…。
「冨岡さんのこと…色々悩んでそうだね…」
小さく呟き無一郎はゆきを抱き起こすことはせず、ただその隣に座り、乱れた髪を何度も優しくすいた。
「…冨岡さんの継子なんか辞めて僕の所においでよ、一生大切にするから…」
月明かりに照らされた無一郎の横顔は、いつになく大人びていた。
「今日は、稽古だけしたの?冨岡さんと二人きり…何もしてないよね?唇に…触れられてないよね?嫌だよ…君はもう僕のものなんだから…」
眠りに落ちたゆきの手を、無一郎はそっと握りしめた…。