第85章 霞柱邸〜時透無一郎【R強】
義勇の言葉が、ゆきの心に刺さる
「…俺たちは関係をもっているじゃないか?」
その事実を、淡々とした口調で突きつける声に、ゆきは息を止めた。
昨日、心ない隊士に浴びせられた「身体を売っている」という罵倒が、義勇の口から肯定されたような錯覚に陥る…。
「…っ、それは…」
言い返そうとして、言葉が出ない。
確かに、義勇の手の温もりも、肌が重なった夜の記憶も、すべては現実だ…感触も全部覚えてる…
確かに、私は何度もあなたに抱かれた…
「俺は何度もお前を抱いている。それは、俺がお前を求めたからだ。決して身体だけが目的だったわけではない…好いていたから抱いていた。」
隊士たちが噂するような体を売られ買うなどではない。
俺はお前が好きだから抱いていたんだ…。
「と、とにかく、いくら誰も見ていないからと言って、距離を詰めるのはやめましょう。これ以上、誤解されたくないんです。」
ゆきは震える手でスカートの裾を整え、逃げるように立ち上がった。義勇が伸ばしかけた指先は、宙を掴んで力なく落ちる…。
「…わかった。稽古の続きを始めよう」
その後、交わされた竹刀の音には、以前のような通じ合う心は微塵もなかった…。
夕刻になり、稽古が終わると、ゆきは一刻も早くこの場を去ろうと帰り支度を急ぐ。
義勇は、その背中をじっと見つめていた。
「時透の屋敷では、部屋は…一人か?」
「は、はい…」
「昨夜は…一人で寝たのか?」
「はい…」
自分は、しのぶを選んだはずだ…ゆきに一体何を聞いている?けれど、一人で寝たと聞いてホッとしている…。
「時透との婚約…受け入れるのか?」
「…わかりません…無一郎くんには、美月さんがいるし…」
「そうか…」
胸の奥が、焼けるように熱い。時透のものになるかもしれないという焦りが、義勇の冷静さを奪っていく。
後から抱き締めて帰したくない…お前の甘い香りに包まれたい…
「気をつけて帰れ。また明日…」
今夜も一人で眠って欲しい…ゆき…時透の腕の中で眠るな…気が狂いそうだ。
その甘い香りは、俺だけのものだ…
「はい…また明日…」
ゆきは、目を合わさず答えた…
義勇は、去り行くゆきを見えなくなるまでじっと見送った。