第85章 霞柱邸〜時透無一郎【R強】
ゆきは、複雑な想いを抱えたまま、稽古のために義勇の屋敷を訪れていた。
「…お願いします」
いつも通りに始まった打ち込み稽古。
けれど、そこには埋めようのない溝ができていた。
かつては師弟として、あるいはそれ以上の愛情を込めて交わした竹刀の音が、今はどこか虚しく響く。
ゆきの動きは硬く、視線を合わせようとしないその態度は、あからさまによそよそしい。
義勇の胸を、鈍い痛みが襲う。
そんな中、踏み込みを誤ったゆきが、義勇の懐に深く飛び込む形になってしまった。
至近距離で重なる二人の鼓動…。しかし、ゆきは慌てふためき、反射的に後退りして地面に転倒してしまった。
「…あっ」
乱れた隊服の裾から、白い太ももが露わになった。
ゆきは顔を真っ赤に染め、「す、すみません」と謝り、必死にスカートを抑え込んだ。
その様子を見て、義勇は昨日、あの隊士に言われていた「身体を売っている」という卑劣な言葉が、ゆきの心を深く傷つけているんだなと悟った。
這いつくばったまま震えるゆきを、義勇はただ見下ろすことしかできなかった。
助けようと伸ばしかけた手は、途中で止まる…。
「俺が何かするかもと思い警戒しているのか?」
ゆきが、困った表情で横を向いている。
「安心しろ。…お前に無理矢理、触れたりなどしない。大丈夫だ」
必要以上に自分との接触を嫌がるゆきの姿。
二人きりの稽古で、他の隊士達に二人の仲を誤解されたくないからだという事はわかるが…寂しすぎる…
そんなに、露骨に避けないでくれ…。
それにここは、俺の屋敷…他の隊士など、居ないというのに…
「ここでは、二人きりだ誰の目もない…」
「わ、わかっています…だけど…」
「だけど何だ?」
ゆきは、俯いたまま言った
「この前みたいに、口付けされるかもとか考えてしまうと…あんな事私達はしてはいけないです…」
「あ、あれは…お前が正直に話さないから…言わせる為にの行為なだけだ。」
「だからって…あんな事…私は恋人でもないのに…。とにかく、隊士宿舎の人達に私は義勇さんと関係をもっていると誤解されているんで、あまり近すぎない方がいいんです。」
「何を言っている俺達は関係をもっているじゃないか?」