第85章 霞柱邸〜時透無一郎【R強】
夜の帳が下り、静まりかえった屋敷。
無一郎は布団の中で、隣の部屋から微かに聞こえる音に全神経を集中させていた。
障子一枚隔てたすぐ向こう側に、ずっと求めていた愛しい人が眠っている…。
手を伸ばせば、その体温を、柔らかな髪の香りを、再び自分のものにできるのに。
本当は、今すぐにでも抱きしめて眠りたい…
無一郎はそっと自分の胸に手を当てた。
鼓動が、静かな夜にうるさいほど響く…。
ゆきが戻ってきた喜びと、ゆきを疑い一度は傷付けてしまった自分への後悔…。
そして、隣にゆきがいるという奇跡のような現実に、心は甘く痺れ眠ることが出来なかった。
翌朝、鳥が囀るなか始まった朝食は、昨夜の甘い余韻とは裏腹に、緊張感に満ちていた…。
無一郎、そして彼の継子である美月、ゆきの三人。
「無一郎様、お口に付いていますよ。もう、私がいなくてはダメなのですから」
美月はあてつけるように微笑み、無一郎の口元を手拭いで拭った。
それは毎朝の光景
今までは深く考えずに受け入れていたその世話が、今はゆきには見られたくなかった。
ゆきの視線が痛いほど突き刺ささる。
こんなのゆきに誤解されてしまう…。
無一郎は顔を赤く染め、美月の手を冷たく振り払った。
「…いいから、触るな! 僕は子供じゃない、自分でできる!」
「いつもは、ありがとうって言って下さってたじゃないですか…」
それは、二人の痴話喧嘩を見せられているような気がしてゆきは耐えられず席を立った。
「…ごちそうさまでした。義勇さんの所へ稽古に行ってくるね」
引き止める暇もなく、ゆきは逃げるように部屋を出て行った
「待って、ゆき!」
無一郎は、ゆきを本当は追いかけたかったが、今日は、柱としての仕事もあり思い留まった。
「美月。今夜の任務の下調べに行くよ」
無一郎は、不機嫌さを隠そうともせず屋敷を後にした。
けれどその胸の内は、嫉妬と、ゆきを追いかけ稽古に行かせず自身の屋敷に閉じ込めておきたかった。
冨岡さんに、会わせたくない…継子も辞退してほしい
会えば、あの二人は知らぬ間にお互いを求め合う…
だから会わせたくないんだ…