第83章 新しい生活
翌朝、義勇の屋敷へ向かうため宿舎を出たゆきを待っていたのは、清々しい朝日ではなかった。
「お出かけか? 今日はどの柱に可愛がってもらうんだよ」
宿舎の門を出た角を曲がった先で、昨日絡んできた隊士の一人が行く手を塞いできた。
卑屈な笑みを浮かべた男は、抵抗する間もなくゆきの細い手首を掴むと、力任せに道沿いの茂みへと引きずり込んだ。
「離して…!」
「声を出していいのか? 柱のお気に入りがこんな場所で無様な姿を見せてるって、皆に知れ渡るぞ」
不意を突かれたとはいえ、相手は選抜を潜り抜けた隊士だ。…自分は…選別を受けてすらいない…それに、あまり才能も無いことに気付いている…。
それでも、日輪刀に手をかけ応戦しようとした。
だが、体格差で圧倒され、地面に組み伏せられてしまう。
背中に伝わる土の冷たさと、男のひりつくような殺気が、昨夜呼び起こされた「山賊への恐怖」を再び思い出させた…。
「柱を夢中にさせる体がどんなもんか、じっくり拝見させてもらうぜ」
男の手が隊服の詰襟に掛かり、一つ、また一つとボタンがはずされる。
気が動転し呼吸が乱れる中、強引に口を塞がれ、酸素が途絶えていく。
視界がぼやける…諦めが全身を支配しかけた…
しかし…負けちゃダメ。ここで屈したら、私は…ダメになる…
その時、脳裏に浮かんだのは義勇の静かな瞳だった。
師範が教えてくれた呼吸…
積み重ねた稽古…
ここで壊されるために刀を握ってきたわけではない。
「…っ」
ゆきは死に物狂いで残りの体力を振り絞り、男の隙を突いて突き飛ばした。
勢いで遠くへ飛ばされた日輪刀を必死に掴み取り、追いかけてくる男を背に、無我夢中で逃げ出した。
苦しい…息が苦しい…
乱れた隊服を片手で抑え、泣きながら力いっぱい走った。
ようやく見えた義勇の屋敷の門前に辿り着いた時、ゆきはその場に崩れ落ちた。
震える指先は、抜いた刀を握りしめたままだった。
常駐の隠が、門から物音がしたので覗きに出てきた。刀を持ち倒れるゆきを見つけて慌てて駆け寄った。
「ゆきさん!?大丈夫ですか?すぐに柱を呼びますからね」
「待って…言わないで…義勇さんにはこの事を言わないでください。」
隠は、困惑しながらもゆきの頼みを受け入れた