第83章 新しい生活
ぶっきらぼうだけど、どこか優しい言葉に促され、ゆきは吸い寄せられるように屋敷の中へと足を踏み入れた。
用意されていた膳を見た瞬間、ゆきは息を呑んだ。
並んでいたのは、自分の好物ばかり。それも、以前ここで暮らしていた頃に義勇と囲んだ、馴染み深い献立だった。
食事を用意してくれた隠が、表情を緩ませ話しかけてきた。
「今日は久しぶりにゆきさんが帰ってくるから、好きなものばかり用意しておけって。柱、ずっと前から仰ってたんですよ」
「…帰ってくる、って。私は、ただ稽古に来ただけなのに…」
ゆきの絞り出すような声は、震えていた。
ここはもう自分の居場所ではないと、言い聞かせて離れたはずだった。なのに、義勇の中では今もここはゆきの「家」のままなのだ。
どうしたらいいのよ…
一口、料理を口に運ぶ。
出汁の優しい味が広がるのと同時に、堪えていたものが溢れ出した…。
「…っ、…ふ、ぅ…」
なぜ、こんなに優しいのか。突き放してくれた方が、よっぽど楽だった。あなたは、しのぶさんを選んだのに…
「泣いちゃだめ…止まってよ…」
自分を責めるように拳を握りしめるが、溢れる涙は止まらない。温かいご飯の湯気の向こうで、視界が滲んで歪んでいった。
その様子を、義勇は少し開いた障子の隙間から静かに見つめていた。
駆け寄って背を撫でることも、理由を問うこともしない。
ただ、ゆきが一人で感情を吐き出せる時間を守るように、義勇はその場に立ち尽くしていた。
どれだけの時間が経っただろうか。
ゆきは震える手で何度も涙を拭い、腫れた瞼を冷やして心を整えた。
弱さを隠すための仮面を被り直し、覚悟を決めて義勇の待つ道場へと向かった。
その背中には、宿舎で浴びせられた罵声も、しのぶの鋭い言葉も、今は届かない。
ただ、さっき食べた美味しく懐かしい食事の温もりだけが、ゆきを支えていた。
もっと強くならないと…義勇さんに頼ったら駄目…義勇さんは、しのぶさんのもの…
私はただの義勇さんの継子…
だけど…
その継子もそろそろ辞退した方が…絶対にいい…