第85章 霞柱邸〜時透無一郎【R強】
「ゆきに誤解されたくないんだ。あの子が眠る部屋なら、変な勘違いもされないでしょ」
無一郎は淡々とした口調で、美月を連れ、ゆきが眠る部屋へと戻った。美月は
「あの人と同じ空気を吸うなんて…」
と露骨に不快感を示したが、無一郎の頑なな態度に折れるしかなかった。
部屋へ入ると、ゆきは薬の作用もあり、深い眠りの中にいた。無一郎はその寝顔に一度だけ視線を落とした後、背中を向けて美月に指示を出す。
「…横向いてるから。上の服、脱いで。体を隠し終わったら教えて、手当てを始めるから」
背後で服を脱ぐ音が響く。
美月は躊躇いながらも、血に汚れた隊服とシャツを脱ぎ捨てた。
しかし、露わになった彼女の胴体には、ゆきの柔らかな肌とは対照的な、固く締め上げられたサラシが巻かれていた。
「無一郎様…私はサラシを巻いていますから、こちらを向いてもらっても大丈夫ですよ」
その言葉に、無一郎はゆっくりと振り返った。
月光に照らされた美月の健康的な肌と、戦う者としての覚悟がみえるサラシの質感。
それを見た瞬間、無一郎の胸に再び正体不明の動揺が走る。
守られるだけの存在ではない、自分と同じ剣士としての美月の決心が、無意識に心へ踏み込んでくる。
「始めるよ」
無一郎は動揺を隠すように、消毒薬と包帯を手に取った。
しかし、剣を振るわせれば天才的な無一郎も、誰かの傷を癒やすことに関しては驚くほど不器用だった…。
「……っ」
「痛い? ごめん…」
腕に包帯を巻こうとするが、指先が触れるたびに距離の近さを意識してしまい、手元が狂う…。
きつく締めすぎては美月が短く息を漏らし、緩すぎれば包帯は解けた。
眠る最愛のゆきのすぐ傍らで…
無一郎は、自分に一途な愛を向ける美月の肌に触れながら、冷や汗が流れるほどの不器用に手当をしていた。
随分時間が過ぎた頃やっと包帯を巻けた。
「出来た…時間かかったね、部屋に戻って休んで」
無一郎がそう言い終えて美月に、顔を向けると座ったまま疲れもあり眠ってしまっていた。
「寝てる…」
無一郎は、眠ってしまった美月を抱えあげたそして彼女を部屋へ連れて行くために、ゆきを起こさないようにゆっくりとふすまを開け出て行った…