第83章 新しい生活
壁際に追い詰められ、逃げ場を塞がれた。
義勇の大きな手が、優しくゆきの黒髪を撫で、指先が桜色の頬をゆっくりとなぞる。
至近距離で見つめる義勇の目は少し潤んだように見えた。
「ゆき…」
義勇が顔を近づけ、吐息が唇に触れるかという距離になったその時。ゆきは彼の背後にある窓に目をやり、息を呑んだ。
そこには、新入りの継子と水柱の様子を伺おうとする野次馬の隊士たちが、驚愕の表情でこちらを覗き込んでいたのだ。
「や、やめてください、見られてます…」
ゆきは顔を真っ赤にし、渾身の力で義勇の胸板を押し出した。
さすがの義勇も、ゆきの必死な拒絶に一瞬たじろいだ。
「周りに誤解されるのでもう帰って下さい。」
ーー
その日の晩、夕食のために食堂へ向かうと、朝案内してくれた隊士が声をかけてくれた。名は「あさひ」と教えてくれた。
彼女はゆきと同じ年で、慣れない環境に戸惑うゆきに対し、親切に接してくれる話しやすい女性だった。
しかし、食事が終わり、あさひと共に部屋へ戻ろうとした時、数人の隊士たちに囲まれてしまう。
「おい、お前…確か霞柱の婚約者だったよな?」
「噂じゃ、水柱と霞柱の両方とデキて婚約破棄って話だぜ。いい身分だな」
男たちの言葉が、棘のようにゆきの心に突き刺さる。
ゆきは唇を噛み締め、無視して通り過ぎようとしたが、男たちは進路を塞いで離そうとしない。
その場が不穏な空気に包まれた瞬間、あさひが毅然とした態度で間に割って入った。
「ちょっと、失礼ですよ! 彼女は疲れているんです。どいてください!」
あさひの機転によって、ゆきはどうにかその場を逃れ、自室へと駆け込むことができた。
一人きりになった薄暗い部屋で、窓の外にそびえる桜の木を見つめながら、ゆきの心には一気に不安が押し寄せる。
「義勇さんと一緒に居てはいけない事はわかってる。師範と継子の関係を超えてしまうから…」
師範の元を離れ、独り立ちするための第一歩だったはずなのに。悪意ある噂や周囲の視線に、ゆきの指先は小刻みに震えていた。
明日は、義勇の屋敷には行かずにここで、隊士達と共に稽古に参加する。
ゆきの中には不安しかなかった。