第83章 新しい生活
静かな清々しい朝だった、ゆきは手慣れた様子で荷物を馬車の荷台へ運んでいた。
これで最後。この屋敷を去れば、ただの「継子」に戻れるはず。
重い鞄を持ち上げた瞬間、背後から温かな気配が重なり、力強い腕がその重みを奪い去った。
「あ…ありがとうございます。義勇さん」
振り返る間もなく、義勇は無言で荷物を積み終えると、馬車に乗り込もうとするゆきを促すようにして、自らも狭い車内へと足を踏み入れた。
「えっ…どうしたんですか?」
驚きに揺れるゆき
義勇は視線を真っ直ぐ前に向けたまま、静かな声で言い放つ。
「継子が新しく生活する場所を検分するのも、師範の役目だ」
義勇は、狭い馬車の中に腰掛けた。
ガタゴトと揺れる馬車の中で、二人の距離はやけに近かった。
車体が跳ねるたび、義勇の肩が、腕が、わざとらしくゆきの肌をかすめる。触れ合う箇所から伝わる体温は、昨夜の甘い吐息を思い出させるほどに熱かった。
ゆきはなるべく触れないように体を離した。
「よく揺れるな、こちらに身を委ねていいぞ」
肩を抱こうとする義勇の手を拒みじっと前を見据えた。
宿舎に到着すると、待ち構えていた隊士たちが一斉にどよめいた。
「おい、水柱様までご一緒か…?」
「継子が宿舎入りなんて、一体何があったんだ」
好奇と羨望が混ざり合った視線が突き刺さる。柱の継子でありながら、なぜ師範の屋敷を出るのか。
「なぜ、一緒に生活されないんだ?」
遠巻きに囁かれる。
その声を聞いた瞬間、義勇は周囲を威圧するように、ゆきの隣にぴたりと寄り添った。
水柱として堂々としているが、隠された指先は、今にもゆきの細い手首を掴み、連れ戻してしまいたいという衝動に震えていた。
「水柱様、ゆきさんお部屋をご案内します。」
感じの良さそうな女性の隊士が二人を案内してくれた。
「私は隣の部屋なのでわからない事などあれば気軽に聞いてくださいね。」
そう言い残しその隊士は部屋を後にした。
新しく生活するゆきの部屋…。窓の外には桜の木がそびえていた。
「嫌な思いをする事があればいつでも帰って来い。」
義勇は、真剣な眼差しでゆきを見つめながら詰め寄ってきた。