第81章 見せつけられる愛
畳を歩く足音はゆきの枕元で静かに止まった。
布団を頭から被り、泣き疲れて眠りに落ちたゆきの肌は、涙と熱のこもった汗でびっしょりと濡れていた。
その苦しげな吐息さえも、静寂の中では鮮明に響いている。
カサリ、と微かな畳の音。
闇に溶け込むような足取りで近づいた影が、ゆっくりとゆきの布団を直す。
差し伸べられた指先が、目尻に溜まった涙を払い、額に張り付いた髪を優しく撫で上げた。
その主は、義勇だった。
ふと隣を見れば、しのぶは義勇の布団の中で安らかな寝息を立て、深い眠りについている。
しのぶを起こさぬよう、義勇は音もなく、まるで忍びのような慎重さでゆきの隣へと滑り込んだ。
背後から、布団越しにゆっくりと回される腕。
その重みが、凍えていたゆきの心をじわりと溶かしていく。
夢うつつの中で、ゆきは本能的にその義勇の体温を心地よく感じた。
あぁ…この香り甘い香り…お前を抱くと安心する…この体の大きさも抱きやすく…安心する…
義勇にとって、それは「一番好きな香り」。任務の過酷さも、この腕の中に収まる小さな体温の前では、すべてが遠い世界の出来事のように思えた。
義勇はしばらくの間、腕の中の愛しい存在をただ静かに愛でていた。
何度も、何度も、こぼれ落ちそうな愛しさをなぞるように、その髪を優しく撫で続ける。
切ないほどに甘い、二人だけの秘められた時間。
しかし、夜は残酷に更けていく。
義勇は名残惜しさを断ち切るようにゆっくりと立ち上がると、再びしのぶの待つ布団へと戻った。
待ちわびたように抱きついてきたしのぶを、彼は拒むことなくその胸に引き寄せ、静かに瞼を閉じた。
藤の花の香りと、消えない甘い香り…。
しのぶの元に戻った義勇だが、ゆきが気になりなかなか寝付けなかった。
そっと目を開くと、寝床に心細そうに横たわるゆきの後ろ姿が見える。
自分の腕の中には、胡蝶が眠る…。
もう一度ゆきの隣に行き抱きしめたい衝動にかられるが思い留まった。
「駄目だ…諦めたんだ…」
義勇の声が虚しく響く…
三人の想いが交差する夜は、切なく夜明けへと向かっていく…。