第80章 決別
隣の部屋から聞こえる微かな気配が、義勇の神経を逆なでしていた。
落ち着け…俺は、もう諦めたはずだ
自分に言い聞かせるように、義勇は濡れた髪を拭う手の震えを抑えた。
ゆきは、自分を好きだとは言ってくれなかった。その曖昧な関係に耐えられず、逃げるように胡蝶を選んだ。決別を告げたはずなのに、胸の奥でお前への執着が消えてくれない。
今、壁一枚隔てた向こう側で、お前は何をしている?
時透に抱かれ、その腕の中で、俺には見せなかった顔をしているのか?
そう想像するだけで、嫉妬と後悔が押し寄せる。
一方、静まり返った部屋の中で、無一郎は横たわるゆきをそっと腕枕し、あやすように規則正しくその背中を叩いていた。
「大丈夫…何もしないから。こうやって、ただ一緒に眠るだけだよ」
無一郎の声は、先ほど義勇にぶつけた刺々しさが嘘のように穏やかだった。
ゆきはその温もりに包まれながら、ぼんやりと視線を彷徨わせていた
無一郎くん、大きくなったな…
包み込む腕の逞しさや、隣から伝わる体温。かつては自分がこうして彼をあやし、毎日のように寄り添って眠っていた。
あの頃は、私は男女の愛情など知る由もなく、何もわからずに互いの存在を求め合っていた。
「昔…私がこうして、トントンしてあげたよね」
弱々しくこぼれたゆきの言葉に、無一郎の手がぴたりと止まる。少しだけ腕の力を強め、ゆきの髪に顔を寄せた。
「忘れるわけない。だから今度は、僕が君を守る番なんだ」
無一郎の胸中にあるのは、ただゆきを自分のものにしたいだけではない、こんな自分を霞の中から救ってくれたゆきを、今度は自分が絶望から救いたいと心から誓っていた。
「冨岡さんが、胡蝶さんと付き合ってこんなにも落ち込むなんて…君は知らぬ間にきっと冨岡さんしか見えていなくなってたんだよ…」
ゆきに、向けて言ったがすでに彼女は深い眠りに落ちてしまっていた…
「眠ったの?いいよ…その想いに気付かなくて。また僕を好きになればいいよ…ゆき冨岡さんの事は忘れよう…」
無一郎はきつくゆきを抱き締めた