第80章 決別
「美月より、君の方がずっと大切だよ。こんな状態の君を、一人になんてしておけるわけないじゃないか」
無一郎は、ゆきを抱きしめようとした
だが、ゆきは弱々しく、微笑を浮かべて無一郎をかわした。
「無一郎くん、ありがとう…でも、私は大丈夫だから。もう帰って」
無一郎がどれほど言葉を尽くしても、今のゆきには何も届かない。
絶望の淵にいるゆきの心を占めているのは、自分ではなく、隣の部屋にいる義勇だから…
本来なら、義勇がしのぶを選んだことは無一郎にとって好都合のはずだった。邪魔者が消え、ゆきに義勇が執着しなくなれば、自分が入り込む隙ができる。
そう計算していたはずなのに…目の前で酷く落ちこんだゆきの姿は、想像を遥かに超えて痛々しかった。
…好きな子がこんなに悲しむ姿なんて、見たくなかった…
やり場のない憤りが、無一郎の中で広がる
無一郎は部屋を飛び出すと、義勇の部屋の前へと駆け寄った。
「冨岡さん! 今夜、僕がゆきの部屋に泊まってもいいよね!?」
急な無一郎の声…義勇の部屋のふすまがゆっくりと開いた。
現れた義勇の表情は、相変わらずの涼しい表情だった。
「好きにすればいい。明日の稽古に差し支えがないようにだけしろ」
淡々と告げ、義勇は無一郎の横を通り過ぎようとする。そのあまりの無関心さに、無一郎が突っかかる。
「逃げるの? どうして隣の部屋から出ていくのさ。僕たちが何かを始めた時に、声を聞きたくないから? それとも、聞くのが怖いから?」
その言葉に、義勇の歩みが止まる。背を向けたまま、義勇が拳を固く握り締め震えているのを、無一郎は見逃さなかった。
「風呂に入るだけだ。また戻ってくる」
そう言い残し、義勇は一度も振り返ることなく廊下を歩いていった。
残された無一郎は、そんな義勇に腹が立って仕方なかった。
「無一郎くん…本当に一人で平気だから…帰って」
後ろから弱々しくゆきが告げるが無一郎は聞き入れなかった。
「今夜は君と眠る…帰らない!絶対に…。久しぶりだね。一緒に眠るの」