第73章 君を取り返すために〜冨岡義勇 時透無一郎
「中に入る前にちょっと待て」
義勇さんは、短く言うと自分の羽織を脱ぎ私の肩にそっと掛けてくれた。
義勇さんの体温が残る布地の香りに、張り詰めていた心がふっと緩み、同時に目から熱いものが溢れた。
「何故泣く。どこか痛むのか」
不器用な問いかけに、私は首を振ることしかできない。
無一郎くんの腕の中にいた美月さんの姿と、今の自分を包む義勇さんの無骨な優しさが、頭の中で渦を巻いた。
「私…最低です。あの場にいるのが嫌で、逃げ出して…義勇さんにまで迷惑をかけて…」
「迷惑など、一度も思ったことはない」
義勇さんは私の前に膝をつくと、視線を合わせるように顔を覗き込んだ。
「お前は、自分が思うよりもずっともろくて、危うい。だから、目が離せないだけだ」
義勇は大きな手で、ゆきの頬に伝う涙を親指でそっと拭いた。
その指先が震えていることに気づき、胸が締め付けられた。
「義勇さん、手が震えてます」
「当たり前だ。お前が一人で走って行ってしまい、心臓が止まるかと思った」
ポツリと漏らした本音。口下手な義勇さんが必死に言葉を紡ぐ姿に、無一郎くんとは違う、静かだけれど逃れようのない独占欲を感じて、鼓動が速くなった。
「もう、時透のところへは行かせたくない。…俺の傍にいろ」
強く、義勇はゆきの手を再び握りしめた。
その頃、屋敷の外…
闇に紛れて二人を見つめる無一郎の姿があった。
「そんなに優しくしないでよ、冨岡さん。僕の宝物に触れるのは、僕だけでいいんだ」
義勇が、ゆきの肩を抱き屋敷に入って行った。
無一郎は、胸が痛くて苦しくて堪らなかった。さっき後ろから抱きしめた感触が忘れられない…久しぶりにゆきに触れた。もう一ヶ月以上離れたままだから…さっきの感触がより一層強く残った
それに…
「ゆきのあの甘い香り…今も脳裏に残っている…柔らかい体の感触…可愛いあの声…ゆき…こんなにも君が恋しいのに、なぜ僕は君を傷つける事ばかりしてしまうんだろう…ごめんね」
痛む胸に手を当てながら愛おしい人が居る屋敷を後にした。