第86章 無一郎と美月の秘密【R18】
義勇に起こされたゆきは、慌てて跳ね起きると乱れた隊服を整えた。
首筋につけられた新たな跡に気づく余裕もなく、義勇の怪我へ目を向ける。
「義勇さん、腕は…大丈夫ですか?」
「ああ、手当ては済んだ。問題ない」
義勇は、わざと淡々と答えた。
静かな視線でゆきの背中を見送り、彼女が屋敷を去るまでその場を動かなかった…。
義勇の屋敷を後にした頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。
無一郎の屋敷へ急ぐゆきの前に、突如として黒い殺気を放つ人影が立ち塞がる…。
それは以前、隊士宿舎でゆきに因縁をつけ襲おうとし、義勇や無一郎の逆鱗に触れて僻地に送られた男だった。
「…何の用ですか」
「お前だけが、今も温々と継子なんてやってるのが腹立たしくてなぁ」
男の言葉には、逆恨みの念が籠もっていた…。
「俺はあの一件で僻地へ飛ばされた。お前は最終選別すら受けていないお飾りのくせに、柱共の寵愛を受けて…ふざけるなよ!」
男はゆきの細い手首を、強引に掴み上げた。
そこには義勇との稽古でついた痣が残っており、ものすごい力で締め上げられると、焼けるような激痛がゆきを襲った。
「やめて、離して!」
「黙れ!お前みたいなのが柱の側にいるだけで虫唾が走るんだよ」
男は執拗に、ゆきを暗がりの奥へと引きずり込もうとする。
手首の痛みに涙が滲むが、ゆきは必死に踏ん張った。
二人の柱に守られ、愛される一方で、自分自身の弱さがこの事態を招いているのだという後ろめたさをゆきは、きちんと理解していた。
「…離して!最終選別を受けていないことは、私が一番…後ろめたく思ってる!だから、認められるように毎日必死に稽古しているの!あなたの八つ当たりに付き合っている暇なんてない!」
振り払おうとする力は弱くても、その瞳には強い意志が宿っている。
しかし、逆上した男の腕にはさらに力がこもりしつこく離そうとしない。
「嫌っ!離して!」
男は、引きずるようにしてゆきを暗闇の奥へと引っ張る…
どこまでも、しつこく自分の考えこそが正義だと思っているこの男…
ゆきが、どうしても目障りで仕方ないようだった。
その時…
落ちついた冷たい声が聞こえてきて、男は手を止めた…。