第72章 真実〜冨岡義勇
一方、無一郎の屋敷では、無一郎が深い虚無の中にいた。
「無一郎様! そんな暗い顔しないで、今日は好物を作りますよ。」
美月が天真爛漫に笑いかける。
以前はその眩しさに心揺らいだはずだった。
しかし、今の無一郎にはその声が、ゆきを追い詰めた騒音にしか聞こえない。
「うるさいな。少し黙っててくれない」
無一郎の冷淡な一言に、美月は呆然と立ち尽くす。
あの日、自らの手で手放した「一番大切なもの」の大きさに、無一郎はようやく気づき始めていた。
だが、ゆきの凍えた心は今、義勇の静かな熱によって、ゆっくりと溶かされようとしている。
それから一ヶ月が過ぎた…
「義勇さん!お稽古今日から始めたいです。」
ゆきは、義勇の継子を辞退していなかった。
「よし。では今日から稽古を付ける。まずは素振りだな」
三田さん達はすでに義勇の稽古を終えそれぞれの配属先に行ってしまった。
今は継子のゆき一人だけになっていた。
義勇の指導は驚くほど静かで、それでいて細やかだった。
「腕の角度をあと少し下げろ。無駄な力が抜ければ、刃はもっと速くなる」
義勇が背後から手を添えて修正すると、ゆきは「はい!」と明るく返事をする。
今はただ、義勇の誠実な眼差しに応えたい一心だった。
稽古の合間、二人は縁側に座り、義勇が用意したおはぎを分け合った。
「義勇さん美味しい」
「そうか。」
元気になって良かった…その笑顔が堪らなく可愛い…愛おしい…
その時。
「あらあら、随分と楽しそうですね。冨岡さんに笑顔なんて、明日は槍でも降るかしら?」
冷ややかな声が響く。
しのぶが、義勇の屋敷を訪ねてきていた
彼女の視線は、親密な様子の二人をじっと見つめる。
「なんの用だ胡蝶?」
「明日柱合会議があるのはゆきさん知っていますか?」
「いえ…」
そう…義勇は、会議がある事を伏せていた。会議がある事をゆきが知れば付いてくる…そしてそこで、無一郎に会うからだ。
「ゆきは、まだ本調子ではないから付いて来させない。」
しのぶは、ふっと笑みを浮かべた。
「彼女は、付いて行きますよ。継子ならきちんと師範に付き添わなくてはね?」
「…私行きます…」