第71章 新しい継子〜時透無一郎 冨岡義勇
深い沈黙が流れる産屋敷邸の廊下で、義勇は足を止めていた。
任務報告のために訪れていた。開け放たれた障子の先から漏れ聞こえる声に、心臓を強く掴まれたような錯覚を覚えた。
「ゆき…継子を辞退したいだと?」
時透が帰って来てから気を利かし会いに行くのを辞めていた。しかし義勇は、毎日任務帰りに遠くからゆきの姿を確認していた。
庭先で日なたぼっこをする背中、少しずつ血色の戻る横顔。
言葉は交わせずとも、ゆきが「生きて」くれていることだけが、口下手な義勇なりの救いだった。
「君を支えてきた柱たちも、悲しむだろうに。特にお前の師である義勇は…」
お館様の穏やかな声に、義勇は思わず拳を握りしめる。
「不死川様や冨岡様には、感謝してもしきれません。こんな汚れた私に優しくしてくださり…」
ゆきの悲しい声が、夜の静寂を切り裂く。
「無一郎くんの真っ白な心に、私の泥を塗りたくない。私が彼の隣にいる資格は、あの日、あの山の中で失われたのです」
義勇の胸に、鋭い痛みが走った。
時透と上手くいっていたのではないのか?まだ山賊の事を気にして自分は、汚れているなどと思っているのか?時透に何か勘付かれたのか?
義勇はたまらず、静止を振り切るようにして影から踏み出した。
「それは違う」
低く、けれど確かな響きを持った声。
驚き、濡れた瞳を向けるゆき。その視線を真っ向から受け止め、義勇は不器用な歩みでゆきの側へと寄った。
「義勇さん…?」
「お前は、汚れてなどいない。泥を被ったのは、お前を傷つけた奴らの方だ」
義勇はゆきの前に膝をつき、お館様の前であることも忘れ、震えるその肩に手を置いた。
「継子として…いや、一人の人間として。お前が自分を許せるまで、何度でも俺が肯定する。お前は誰よりも清らかだ。汚れてなどいない。俺がずっと側にいてやる。それに俺の継子はお前一人だけだ…代わりなどいない。」
それは時透への裏切りかもしれない。柱としての領分を越えているかもしれない。
けれど、愛するゆきが自ら光を捨てようとするのを、俺は見過ごすことなどできなかった。