第71章 新しい継子〜時透無一郎 冨岡義勇
無一郎は、美月にゆきと同じ香油を贈り、その香りを纏わせていた「身代わり」として…。
しかし、抱き締めれば抱き締めるほど、その肌から立ち上る香りは、無一郎の記憶にあるゆきの体温とは似ても似つかない、偽物に感じられた。
その時、背後に気配を感じて無一郎が振り返る。そこには、泥にまみれ、膝を擦りむいて血を流したゆきが立ち尽くしていた。
泣き腫らした瞳が、自分と美月が重なり合う姿を真っ向から捉えている。
無一郎の心臓がどくんと音を立てる。
その痛々しい擦り傷へ思わず手を伸ばしかけた、けれど、無一郎の脳裏を悪魔のような囁きがよぎる。
…胡蝶さんが言っていたじゃないか。ゆきは、他の男たちともこうして抱き合っているんだって…
その瞬間、指先に宿りかけた後悔は、怒りへと変わった。
無一郎はあえて美月の肩を抱き直し、ゆきを冷たく睨む。
「何、その顔。被害者ぶるのも大概にしてよ」
無一郎の声は、容赦がなかった。
「僕を裏切って、他の男たちの間をふらふら泳ぎ回っていたのは君だろう? 自分がしたことを棚に上げて、僕が他の子を抱くのがそんなにショックなわけ? 滑稽だよ、ゆき」
ゆきの唇が震える。
その絶望に染まった目を見つめながら、無一郎は心の中で必死に自分に言い聞かせた。
『悪いのは僕じゃない。裏切った君が悪いんだ。この痛みも、君が僕につけた傷の報いだ。だから、僕が君をどれだけ傷つけても、それは正当な報いなんだ…』
そう自分を正当化しなければ、今にも崩れ落ちそうな己の心を保てなかった…
美月から漂う「ゆきの香り」が、皮肉にも彼の中の独占欲をさらに狂わせていく。
「さっさと消えてよ。邪魔しないで」
無一郎はゆきから目を逸らし、再び美月の首筋に顔を埋めた。
視界の端で、ゆきが力なくよたよたと、泥だらけの地面を足を擦りながら去っていくのが見えた。
胸を切り裂くような甘く切ない香りと、止まらない涙。
無一郎は美月を強く抱き締めながら、心の中で何度も呪文のように繰り返した。
君が悪いんだ。君が僕だけを見ていれば、こんなことにはならなかったのに…
無一郎の、頬には涙が流れていた…