第71章 新しい継子〜時透無一郎 冨岡義勇
「稽古の邪魔だ。耳まで悪くなったの?」
無一郎は振り返りもせず、隣に立つ継子の美月の頭を優しく撫でた。
憧れの師範の仕草に、美月は頬を上気させる。
その視線の先には、震える手で重箱を差し出すゆきの姿があった。
「無一郎くん、これ…一生懸命作ったの。ふろふき大根、一口だけでも…」
「いらない。美月、捨てといて」
無一郎は冷酷に言い放つ。
困惑する美月を余所に、彼はわざとらしく彼女の肩を抱き寄せた。
「美月は僕だけを信じてくれる。他の男のところへふらふら行くような人が作ったものなんて、口にしたくないんだ。…誰かさんみたいに、僕を裏切ったりしないよね?」
「はい! 精一杯努めます!」
美月の純粋な返答を確認すると、無一郎はゆきへ一歩歩み寄り、力任せに重箱を奪い取った。
そして中身を確かめることもせず、縁側の泥土の上へ無造作に放り投げた。
「あっ…!」
重箱が転がり、真っ白な大根が泥にまみれて散らばる。
それは、ゆきが朝早くから彼の喜ぶ顔を想像し、指先を凍らせながら作ったものだった…。
「これで満足? 君の顔を見てると稽古の邪魔なんだ。二度と現れないで」
「む、無一郎く…ん…」
切り裂かれた心から涙が溢れ出し、ゆきは泣きながらその場を走り去った…去り際にいつもの甘い香りがした…
「無一郎様…よろしかったのですか?」
美月の不安げな問いに、無一郎はパッと手を離した。
その顔には先ほどまでの「優しい師範」の面影はなく、暗い影が落ちている。
「うるさい。今日はもう終わりだ。下がって」
一人残された無一郎は、泥にまみれた重箱をじっと見つめていた。脳裏に焼き付いて離れないのは、絶望に染まったゆきの瞳…そして甘い香り…
しかし、彼の心を黒く塗りつぶしていたのは、あまりに醜い嫉妬だった。
「…だって、胡蝶さんが…。君が冨岡さんと不死川さんと、毎晩のように通じてるって。そんなの、許せるわけないじゃないか。僕だけを見ていたと信じていたのに…。」
無一郎は泥だらけの地面に膝をつきそして、ゆきが心を込めて作ったはずの、今は汚れてしまった大根を、震える手で拾い上げた。
よくわからない感情が湧く…その時背後に美月の姿があった…無一郎は、思わず振り向き彼女を抱き締めた…