第71章 新しい継子〜時透無一郎 冨岡義勇
「そんなにそこに居たいなら、勝手にすれば。あそこの縁側にでも座って、僕たちの稽古を見ていればいいじゃない」
無一郎は振り返りもせず、告げた。
その言葉に、ゆきの瞳に微かな希望が灯った。
私の話、少しは聞いてくれる気になったのかな…?
冷たく突き放されるよりはマシだ。そう自分に言い聞かせ、ゆきは震える足取りで縁側へと向かった。
膝の上に、行き場を失ったふろふき大根の重箱を大切に抱えて…
しかし、それがさらなる絶望の始まりだとは気付かなかった。
「美月、腰が高いよ。もっと僕に体を寄せて…そう、そのまま踏み込んで」
目の前で繰り広げられるのは、かつて自分が受けていたものとは比較にならないほど、親密で濃密な指導だった。
無一郎は美月の背後にまわると、その細い腰を抱き寄せるようにして手を添える。美月の耳元で囁く声は、縁側に座るゆきにも届くほど甘く、穏やかだった。
ゆきは息を呑んだ。自分に向けられていたはずの特別が、今は目の前のあの子に…
無一郎は時折、わざとらしくゆきの方へ視線を向けた。
僕がどれだけ傷ついたか、君も同じように味わえばいいんだ…
義勇や不死川との仲を疑い、独り占めできなかった怒りを、無一郎は「美月を可愛がる」という形でゆきにぶつけていた…。
「無一郎様、今の筋、良かったですか?」
「最高だよ。君は僕の言うことをよく聞いてくれるから、教えていて楽しいよ」
そう言って、無一郎は美月の頭を優しく撫でた。
あぁ…胸が苦しいよ…私はいったい何を見せられているの?
ゆきの視界が、みるみるうちに涙で歪んでいく。
胸の奥が焼け付くように熱く、呼吸の仕方を忘れてしまいそうだった。
重箱を握りしめる指先が強張り、震える…。
二人の笑い声が、ゆきの心を切り刻んでいく。
「あ、あの!無一郎くん…」
ゆきが縁側から無一郎に声をかけた。
「なに?稽古の邪魔はやめてくれない?」
涙をいっぱい溜めたゆきが、無一郎を見ていた…。
僕の胸が少し、ちくりと痛んだ…重箱を持つ手が震えている事にも僕は気付いていた。
だけど…この時の僕は、とても意地悪だったんだ…。
君の事が好きすぎて…