第68章 偽りの日々〜冨岡義勇 時透無一郎
鉄格子の中から発せられる男の卑劣な言葉に、二人は限界を迎えてしまった…
二人が腰の刀に手をかけ、その場を血の海に変えようとした、その瞬間だった。
「そこまでにしてください!」
凛とした、声が石畳の廊下に響く。
現れたのは、しのぶだった。
「これ以上は、隊律違反になりますよ。…それに、そんなゴミを相手に貴方たちの手を汚す必要はありません」
その圧に押されるように、二人は剥き出しの殺意を辛うじて鞘に収め、渋々その場を後にした…。
帰り道、二人の間には重苦しい沈黙が流れていた。
男の言葉が耳にこびりついて離れない。
ゆきを汚された怒りと、義勇は、守れなかった自分への不甲斐なさが、胸を締め付けた。
重い足取りで蝶屋敷に戻り、病室の見える中庭を通った時だった。
ふと顔を上げると、開いた窓の向こうに、無一郎と穏やかに話すゆきの姿があった。
無一郎の何気ない言葉に、ゆきが「ふふっ」と、いつものように柔らかく、陽だまりのような笑みを浮かべる。
その無垢な笑顔を見た瞬間、二人の胸が言い表せれないくらいキツくキツく握り潰されるように痛んだ…。
あの小さな身体で、一人大変な暗闇を抱えながら日々過ごしているのかと思うと堪らなかった。
山賊の男にされた屈辱…思い出すだけで泣き叫ぶだけではすまないだろう…
二人の視線の先で、無一郎はゆきの体に触れないよう絶妙な距離を保ちながら、窓辺に一輪の花を置いた。
「この花、なんだか君みたいで可愛いね」
「えっ?嬉しい無一郎くん、ありがとう」
「本当に君は可愛くて綺麗だよ…」
ゆきは花を愛おしそうに見つめ、甘く切ない微笑みを浮かべる。
山賊にされたこと、汚された感覚。誰かに触れられる恐怖で凍りついていた心が、無一郎の静かな優しさによって、ほんの少しずつ解けていく。
「私、無一郎くんと話してると…なんだか、すごく安心するの」
「そっか。それなら、僕がずっとここにいる。どこにも行かないよ」
触れ合いたいけれど、まだ怖い。そんなゆきの震える心に寄り添うように、無一郎は穏やかな眼差しを向け続ける。
その光景は、遠くで見守る不死川と義勇の胸を、狂おしいほどの愛おしさと、守りきれなかった悔しさで激しく締め付けた。