第68章 偽りの日々〜冨岡義勇 時透無一郎
膝元の紙飛行機を見つめるゆきの胸に、無一郎の優しい嘘の言葉がチクリと刺さった。
楽しいわけないよ…
「ごめんなさい…。」
謝ることしかできない自分を責め、視線を落としたその時、廊下から足音が聞こえてきた。
現れたのは、義勇だった。
「時透、まだいたのか」
義勇の手には、薬湯の香りが染み付いた替えの湿布と、清潔な手拭いが載った盆があった。
「あ、義勇さん…」
「胡蝶も神崎も、今は他の隊士の治療で手が離せない。代わりに来た」
義勇は迷いのない足取りで部屋へ入り、無一郎が作った距離を軽々越えて、ゆきの枕元に腰を下ろした。
「失礼する。少し冷えるぞ」
義勇はそう短く告げると、ゆきの足首に巻かれていた古い布を、解いていく…
無一郎が、息を呑むのが分かった。
自分は、ゆきに触れることすら許されない。
どれほど愛おしく思っても、近づけばゆきを怯えさせると、自分に言い聞かせて遠くに座っているのに。
義勇の大きな掌が、ためらいもなくゆきの白い足首を支え、新しい湿布を丁寧に当てていく。その光景は、あまりにも自然で、そして男を感じさせるものだった。
ゆきは、入り口近くで立ち尽くす無一郎の顔を見て、心が痛んだ。
無一郎は、怒っているわけでも、責めているわけでもない、ただ言葉にできないほど悲しげに、義勇の手元をじっと見つめていた…
「よし、これでいい。痛みがあればすぐに言え」
「ありがとうございます、義勇さん」
ゆきは努めて明るく振る舞うが、無一郎の視線が痛い。
無一郎は、ゆきが「鬼に襲われて毒で男性に怯えている」と信じている。
だからこそ、ゆきを傷つけまいと、指一本触れられずに離れた場所に座っていたのだ。
真実を知る義勇は、立ち上がりざまに入り口の無一郎に言った。
「時透。鬼の毒による異性への怯えは、慣れていけば克服できるお前にもすぐ慣れる」
義勇なりの不器用な励ましだったが、それは無一郎の心をさらに荒立てた。
「冨岡さんは、ゆきに触れても大丈夫なんだね」
「無一郎くん」
「僕が近付くとゆきは…毒のせいで、怖いんでしょ? なのにどうして」
無一郎は、義勇を睨みつけた。