第68章 偽りの日々〜冨岡義勇 時透無一郎
蝶屋敷の奥まった場所にある病室。
漂う消毒液の匂いと、時折聞こえる鳥の声が、かえってこの部屋の異質な静けさを際立たせていた。
「ゆき、今日は天気がいいから、少しだけ窓の外見る?」
無一郎が、枕元にある窓を開けようと近づいた。
ゆきの体が強張るのがわかる。
無一郎が少しでも距離を詰めようとすると、ゆきの身体は無意識に強張り、布団の端へとわずかに後退してしまう。
「あっ、ごめん。嫌だったよね」
無一郎は寂しげに目を伏せ、後退りした。
不死川やしのぶから聞かされた「鬼の毒による精神錯乱」。それが原因だと自分に言い聞かせ、無一郎は必死に心を保とうとしていた。
けれど、自分を避けるゆきの態度は、無一郎の心にじわじわと、けれど確実に深い傷を付けていく。
その時、扉が静かに開き、義勇が入ってきた。
「失礼する」
その姿を見た瞬間、ゆきの表情が心なしか晴れたように見えた。
無一郎を避けるように縮こまっていた身体が、導かれるように義勇の方へ向けられる。
「義勇さん…」
ゆきは義勇が側に来ると羽織の裾を、そっと掴んだ。
義勇は表情一つ変えず、拒絶することもなく、ゆきの枕元に腰を下ろす。
「薬の時間だ。飲めるか」
義勇の抑揚のない、低く静かな声。それが今のゆきにとっては、過剰な感情を突きつけてこないから安心できた。
義勇の手から大人しく水を受け取るゆきの姿を、無一郎は部屋の隅で立ち尽くしたまま見つめていた。
なぜ、僕の手からは何も受け取ってくれないのに、冨岡さんにはあんなに素直なんだろう。距離も近い…
「時透、今日はもういいか?こいつを休ませたい…」
義勇の言葉が、帰れと遠回しに告げている。
ゆきは、義勇には怖がる素振りは見せなかった。あの日あの場所に居た不死川にも同じだった。
「今日は帰る。また明日、来るね」
無一郎は絞り出すような声でそう告げると、逃げるように病室を後にした…
病室の廊下で、無一郎は天井を仰いだ、
「前みたいに可愛い笑顔が見たい…触れたいよ…。」
冨岡さんには、素直で腹が立つ…。何であの人はあんなに側でも平気なの?
鬼の毒…異性を特に警戒するって胡蝶さん話してたのに…何で冨岡さんは平気なんだろう?