第63章 冨岡義勇の葛藤〜冨岡義勇
隠に水を用意させた。
義勇は、差し出した湯呑みを一度下ろした。 意識が朦朧としているゆきは、上手く飲むことができず、水が口端から零れて白い肌を伝い、開いた胸元へと流れていく。
それを見た義勇の瞳が少し揺らいだ…。
「…時透なら、こうするのか」
その言葉は、自分への言い訳だったのか。 義勇は自ら水を口に含むと、ゆきの顎を優しく、だが逃げられないように固定し、その唇を塞いだ。
「ん、…っ」
冷たい水が流れ込んでくると同時に、触れ合った体温にゆきの肩がびくりと跳ねる。 義勇は、驚かさないようにゆっくりと、それでいて一滴も零さないように慎重に水を流し込んだ。
一度、二度。 本来なら手拭いで湿らせるだけで十分なはずだった。
だが、一度触れてしまえば、自分を拒絶し「無一郎」の名を呼ぶ今のゆきに対し、義勇の独占欲は静かに、しかし激しく燃え上がっていた。
「はぁ、…っ」
水を与え終え、唇を離した義勇を、ゆきは視界の定まらない瞳で見上げた。
熱に浮かされたその瞳には、義勇の姿が誰として映っているのか。
「むい、ちろう…くん…? あったかい…」
その言葉に、義勇の手が止まる。
心臓を直接握りつぶされたような痛みが走る。
だが、義勇は時透のフリをして答えた。
「…そうだ。温かいから、そのまま寝ていろ」
嘘だ。
俺は時透ではない。
お前を冷たく突き放し、他の女との密会を見せつけ、傷つけた男だ。
分かっているのに、ゆきが愛おしそうに義勇の指を握りしめると、義勇はその手を振り払うことができなかった。
義勇は、再び水を口に含む。
唇と唇が重なる…お前の甘い香り…好きだこの匂い…お前に触れるともう何もかもどうでも良いと思ってしまう…。
水を飲まし終えても義勇は、唇を合わしたまま暫くいた。
…本心はまだ離れたくない、義勇は名残惜しげにその唇を離した。
「ゆき…」
荒い吐息を飲み込み、熱に浮かされるゆきを隠に託すと、一度も振り返ることなく屋敷を去った。
その掌には、先ほどまで触れていた体温だけが虚しく残っている。
…それから、少しして入れ違いのように、任務を終えた無一郎が屋敷にへと帰って来たのだった。