第63章 冨岡義勇の葛藤〜冨岡義勇
重苦しい空気の道場を後にし、三田に抱えられたまま運ばれたゆきは、彼の私室で目を覚ました。
ズキズキと脈打つような頭の痛みと、全身を覆う打撲の熱。
しのぶの容赦ない攻撃の痕跡が、呼吸をするたびに鋭い痛みとなって走った。
ー三田の部屋ー
「あ、気がついたか? 無茶しすぎだよ、ゆきは…」
傍らにいた三田が、心配そうに濡れた手ぬぐいをゆきの額に当て直した。
三田の部屋は質素だが、外の張り詰めた空気とは違い、穏やかな時間が流れていた。
しかし、意識がはっきりするにつれ、ゆきの胸を占めたのは恐怖に近い感覚だった。
「…っ、帰ら、ないと……」
「えっ? おい、まだ動くなって! 頭を打ってるんだぞ。医務室の連中にも診てもらったほうがいい」
三田が慌てて肩を押さえるが、ゆきは震える手で壁を伝い、無理やり立ち上がろうする。
「師範の屋敷に泊まることは出来ないよ…無一郎くんが帰らないと心配するし」
三田の部屋の静寂の中に、ゆきの荒い呼吸の音だけが響いていた。
視界がぐらつき、三田の心配そうな顔が二重に重なるが、今のゆきを動かしているのは体の痛み以上に、「ここにいてはいけない」という思いだけだった。
その時ふすまの向こうから義勇の声がしてきた。
「…三田。ゆきは目覚めたか」
揺らぐ視界と冷たい空気
「柱! はい、今ちょうど意識が戻ったところで…ですが、かなり無理をして立ち上がろうとしていて…」
三田の声は上ずっていた。
ゆきは壁に手をつき、必死に呼吸を整えるが、頭の芯が痺れるような感覚と足元の覚束なさ、誰が見ても一人で帰宅は無理だった。
ふすまが静かに開き、逆光の中に義勇のシルエットが浮かび上がる。
義勇は部屋の中へは入らず、敷居の向こう側から、冷徹とも取れるほど無表情な瞳でゆきを見ていた。
「その体で戻るつもりか。…時透の屋敷までは距離がある。途中で行き倒れれば、それこそ時透に余計な心配をかけることになるぞ」
義勇は一度言葉を切ると、わずかに視線を落とし、独り言のようにつぶやいた。
「胡蝶の打撃は、見た目以上に芯に残る。三田、ゆきの羽織を持ってこい。俺が送っていく」