第63章 冨岡義勇の葛藤〜冨岡義勇
「失礼しました…」
ゆきの声は、今にも消えてしまいそうなほど小さかった。
お前は深々と頭を下げると、逃げるように部屋を飛び出していった。
バタバタと遠ざかる足音が、まるで俺の鼓動を刻んでいるかのようで、胸が焼けるように痛い。
一人残された部屋。
俺は、さっきまでゆきを掴んでいた自分の掌を見つめた。
あたたかかった。そして、酷く震えていた。
「見苦しい、か……」
嘘だ。そんな言葉、一欠片も思っていない。
時透の付けた痕を見て、俺は正気を失うほどに嫉妬した。
綺麗な肌に噛んであんな跡をつけるなんて…
誰かに奪われるくらいなら、いっそ嫌われた方がマシだなんて、そんな子供じみた理屈でしか自分を保てない。
俺は拳を強く握りしめ、そのまま額を壁に押し当てた。
「…俺の方が、よほど見苦しい」
嫌いになれ。俺のことなど忘れて、婚約した時透のところへ行け。
そう願う心とは裏腹に、今すぐ追いかけて、その涙を拭ってやりたいという衝動が渦巻く。
‐‐‐‐
翌朝、稽古のために現れたゆきの瞳は赤く腫れ、昨日の光を失っていた…。
俺を見るその目には、以前のような憧れも親しみも焦がれたような情熱もなく、ただ「水柱」に対する、壁のある敬意だけが宿っていた…。
俺が望んだ結果のはずなのに、その視線に、俺の心は痛くて痛くてたまらなかった…。
あれから屋敷に、胡蝶が頻繁に来るようになっていた。
また今日も俺の隣には、胡蝶がいる…。
「冨岡さん…ずっと稽古を見て思うことがあるのですが。」
「何だ?」
「なぜ皆さん、隊士の御三方、冨岡さんも含めゆきさんと本気で手合せをしないのですか?」
「え?」
「甘いからあの子は弱いのですよ…これまでの鬼との戦い思い返してみたらお判りになるのではないですか?」
しのぶは、立ち上がってゆきの元へ行った。
「ゆきさん手合せお願いできますか?」
「は、はい…」
ゆきは、驚いた様子でしのぶを見た。
「冨岡さんみたいに、手は抜きませんので…」
‐‐
三田達が、顔を歪めながら心配そうにゆきを見ていた。
容赦なく木刀で、ゆきはしのぶに叩きのめされていた。
「何で柱止めないんだよ」三田は苛々して見ていた