第105章 無一郎と美月の仲〜時透無一郎
ゆきが勢いよく部屋を飛び出していく足音が、静かな廊下に虚しく響き渡る…。
その音にハッとした無一郎は、咄嗟に廊下へ視線を向けた。
手に持っていたおにぎりをそっと皿へと戻す。
胸を満たす重苦しさに、急に食欲が失せてしまったのだ。
「…気になりますか? ゆきさんのこと」
向かい側に座る美月が、どこか探るような、それでいて澄んだ瞳で無一郎を見つめていた。
無一郎はゆっくりと美月に視線を戻す。
本当は、追いかけたい…
心の中にはいつだってゆきがいる。
昨夜触れた熱さも、言葉にできない愛おしさも、すべてゆきに向けたもの
…けれど、自分を一心に想い、甲斐甲斐しく世話を焼き続けてくれる美月の真っ直ぐな一途さにも、僕は知らず知らずのうちに心を救われ……惹かれ始めていると気付いてしまった…。
「無一郎様」
美月はフッと柔らかく微笑むと、無一郎の頬へとそっと手を伸ばした。
指先が肌に触れ、ついていた米粒を優しく拭い取る。
あまりに自然で温かなその距離感に、無一郎は不覚にも動揺してしまった。
ゆきへの途切れぬ愛しさは嘘ではない…けれど気が付けばいつもこうして、目の前で自分だけを懸命に見つめてくれる美月の存在がある。
ふたつの感情が胸の中で激しくせめぎ合い、無一郎は、頭がどうにかなりそうだった。
揺らぐ自分を悟られまいと、無一郎は瞬時に感情を押し殺し、冷ややかな声を絞り出した。
「…一人にしてほしい」
美月から顔を背けたものの、その瞳には隠しきれない困惑と切なさがうかがえた。
一方、屋敷を飛び出したゆきの胸は、押し潰されそうだった。
無一郎くんと、美月の絆は確かに濃くなっている…
昨夜の口づけも、今朝見せた悲しげな瞳も、すべて私の勘違いだったのかもしれない…。
美月に向ける無一郎の柔らかな声が頭から離れない。
私は、何をしているんだろう…義勇さんの元を離れ無一郎くんの婚約者に、戻った…けれど
彼の気持ちは、私から離れていっている。
ゆきは、慌てて飛び出してしまい草履も履かずに裸足のままだった。
「痛っ」
何かを踏んでしまい足の裏からは、血が出ている。
ボロボロの自分が、虚しく感じた。
その時背後から誰かに、ゆきは話しかけられた。