第105章 無一郎と美月の仲〜時透無一郎
ゆきに拒絶され、手を振り払われた感触が、無一郎の掌に冷たく残っていた。
障子一枚を隔てた隣の部屋からは、ゆきの冷たい気配が漂っているような気がした。
冷たい静寂に耐えかねた無一郎は、ふらりと自室を出て廊下を歩いていた。
頭の中はぐちゃぐちゃで、何も考えられない。
ゆきと上手くいかない…
簪は隠してないと言う…。
だけど僕は、美月が嘘を言っているようには見えない。
僕は、美月を信じている。
胸を押し潰す強い圧迫感に引き寄せられるように、気がつけば無一郎は美月の部屋の前まで辿り着いていた。
「…無一郎様?」
ふすまが細く開き、顔を出した美月が驚いたように目を細める。
無一郎は何も言えず、立ち尽くしていた。
いつからだろう。純粋で、いつでも自分を頼ってくれる美月の存在が、知らず知らずのうちに重い呼吸を和らげる「心の拠り所」になってしまっていたのは。
ゆきとの間に生まれた溝を埋めるように、無一郎は美月の優しさに逃げていたのだった。
「どうされたのですか? 顔色がとても悪いですが…」
痛々しいほど弱り切った無一郎の姿に、美月は一瞬だけ口元を歪めた。
そして、無一郎からは死角となる廊下の曲がり角へと、静かに視線を走らせる。
そこには、息を呑んで立ち尽くすゆきの姿があった。
落ち込む無一郎が美月の元へ身を寄せている…その光景を目撃したゆきの瞳に、絶望が色濃く浮かんでいるのを、美月は見逃さなかった。
無一郎様はどんどん私に傾いているの…一途な私に…
美月は無一郎には気づかれないよう、暗がりにいるゆきへ向けて、嘲笑うような冷ややかな笑みをうっすらと浮かべた。
しかし次の瞬間には、儚げで心優しい顔に戻り、無一郎の手元へそっと手を伸ばす。
「大丈夫ですよ、無一郎様。私はいつだって、味方ですから…。」
ゆきに、見られていることに気づかずに、無一郎はただ、差し出された言葉に縋るように美月の肩に額をのせて目を閉じた。