第105章 無一郎と美月の仲〜時透無一郎
翌朝、朝食を終えて間もなく、無一郎が甘露寺邸へと迎えにやってきた。
重い足取りで彼が待つ部屋へと向かい、ゆきは恐る恐る扉を開ける。通されたのは、ハイカラで洗練された洋室だった。
室内の中央、重厚な椅子に腰掛けていた無一郎は、ゆきの姿を認めるなり静かに立ち上がり、彼女へと歩み寄ってきた…。
「久しぶり…ゆき」
そこにいたのは、あの日冷たくゆきを見下ろした彼ではなく、いつも通りの穏やかな無一郎くんだった。
少しだけ胸を撫でおろし、私も彼の方へ踏み出そうとした…その時だった。
部屋の死角になっていた場所から、ふっと人影が現れる。
そこに立っていたのは、美月だった。
あの日、頬を刺した鋭い痛みが鮮明に蘇り、私は息を飲んで思わず後ずさりしてしまった…。
全身の血が引いていくような感覚に襲われながら、すがるように無一郎くんの顔を見つめた。
「どうしたの? 美月も一緒に君を迎えに来てくれたんだよ」
無一郎くんは何の疑いもない、まっすぐな瞳で私を見つめ返してくる。その純粋さが、今の私には酷く残酷に思えた。
「…無一郎くん、一人だと思ってたから」
小さな声でそう呟くのが精一杯だった。
美月は無一郎の背後で、冷ややかな視線をゆきに向けている。
刀鍛冶の里で投げつけられた簪の落ちる音、頬を伝った温かい血の感触が、脳裏で激しく甦る。
「ゆき帰ろう。行くよ」
無一郎は、そう言って先に部屋を出ていってしまった。
無一郎も、無一郎でゆきにどう接すればいいのか分からずに、結局は美月を頼り同行してもらっていたのだった。
仲良さそうに前を歩く、無一郎と美月の後をゆきはゆっくりとついて行った。
玄関先で、甘露寺がその三人に気付いた。
「無一郎くん。久し振りにゆきちゃんに再会したんだよ?放ったらかしは良くないよ…後ろで一人きりだよ…誰かに取られても文句は言えないよ。」
その言葉に反応して、無一郎は気まずそうにゆきを見た。
無一郎は、無言でゆきの手を引くと甘露寺に、ペコっとお辞儀をして屋敷を出ていった。
甘露寺は、その姿を見送りながら思う…
「ゆきちゃんが、心から想える人と、どうか幸せになれますように…」