第104章 護衛〜冨岡義勇【R強】
隠たちの元気な声が厨房に響く中、ゆきはそっとその場を後にした。
夕刻までの間、義勇は自身の屋敷に戻り、事務仕事の合間にいつもと変わらず身体を動かして稽古に励んでいた。
しかし、その頭の片隅には常に、自分から距離を置こうとしているゆきの姿があった。
陽が傾き始めた頃、ゆきは自室の窓から空を見上げていた。
そろそろ、義勇さん、帰ってくるのかな…
ふとそんなことを考えている自分に気づき、ゆきはハッとして、急に恐ろしくなった。
「わ、私、何を考えているの…?」
自分に言い聞かせるように、きつく目を瞑る。
義勇とは継子を解消したのだ。今の彼は、甘露寺が任務で留守にしている間、夜の護衛のためにこの屋敷へ来てくれているに過ぎない。守る者と守られる者。ただそれだけの関係なのだと、必死に自分に言い聞かせる。
その時、廊下の向こうから隠たちの弾んだ声が聞こえてきた。どうやら義勇が戻ってきたようだ。
顔を合わせたら、どんな顔をすればいいのか分からない…
ゆきは逃げるように部屋の奥へと引きこもり、静かに扉を閉めた。
一方、屋敷に到着した義勇は、隠たちに促されるまま食堂へと通された。
「水柱様、お疲れ様です! 今日は特別な夕飯をご用意しました!」
そう言って目の前に差し出された膳を見て、義勇は目を見張った。そこには、大好きな鮭大根が並んでいた。
鮭大根か…
箸を伸ばし、大根を一口、口に運ぶ。
じゅわりと広がる出汁の旨味と、どこか優しい甘さ。
一瞬で、頭の中にあの温かな記憶が蘇った。
忘れもしない、ゆきが何度も作ってくれた味だ。
彼女が継子を辞めて屋敷を出ていくあの日に、たくさん作り置きしてくれた、あの優しくて、少し切ない味がした。
「…ゆき」
名前を呟くだけで、胸が締め付けられるように痛む。
隠たちが作ったのではない。この味を再現できるのは、世界でただ一人しかいない。
どんなに避けられても、どれほど距離を置かれても、自分の好物を変わらぬ味で作ってくれた彼女の優しさが、義勇の心を激しく揺さぶる。
もう、頭の中はゆきのことでいっぱいだった。
押し殺していた感情が、せきを切ったように溢れ出す。
もう、我慢できないくらい、彼女への愛しさが体中を支配していた。