第104章 護衛〜冨岡義勇【R強】
昼下がり
ゆきは台所に立ち、お世話になっている隠たちと一緒に、少し早めの夕食の仕込みに精を出していた。
美月の簪の件以降無一郎との距離を置くために甘露寺蜜璃の屋敷に身を寄せている。
そんな複雑な現状から目を背けるように、ゆきは「お世話になっているのだから」と、毎日率先して屋敷の仕事を手伝っていた。
少しでも身体を動かしていなければ、複雑に絡み合う感情に押し潰されそうになってしまうからだ。
「あの、ゆき様。少しお聞きしてもよろしいですか?」
共に仕込みをしていた隠の女性が、まな板の上の食材を覗き込みながら、不思議そうに声をかけてきた。
「今夜の献立、どうしてこちらにされたのですか?」
その問いかけに、ゆきは持っていた包丁を動かす手をぴたりと止めた。
一瞬の間のあと、じわじわと頬に熱が昇っていくのを感じる。
ゆきが今夜の主菜として用意していたのは、鮭の切り身と大根だった。
「それは…」
自分の恋心をきっぱりと断ち切ったはずなのに、無意識のうちに彼のことを考えて選んでしまった献立。
かつて胸に秘めていた切ない想いが、今もなお体の奥底に息づいていることを突きつけられたようで、ゆきはたまらなく気恥ずかしくなった。
それでも、不自然に言葉を濁すわけにもいかず、ゆきは少し俯きながら、ぽつりと答えた。
「水柱様の、好物なんです」
「まぁ、そうだったのですね!」
隠の女性は嬉しそうに声を弾ませたが、ゆきの胸中には、甘酸っぱさと同時に、罪悪感が突き刺さる。
無一郎の顔が頭によぎったからだ…
隠たちの前で取り繕った微笑みの裏側で、ゆきはまたしても、自分の中の割り切れない葛藤と向き合っていた。
「水柱様、きっと喜びますね!」
隠の元気な声が厨房に、響いていた…