第1章 現代
『お疲れ様でした〜、お先に失礼します。』
「お疲れ様〜」
仕事着から私服に着替えて、帰宅する時間。
…ここからが、憂鬱な時間の始まりだ。
『ただいま〜…』
…ボロアパートの一室にある我が家。
帰宅時の挨拶をしても
中からの返事は何も聞こえない。
シン…、と静まり返ってはいるけど
留守、というわけじゃないんだ。
ため息が出そうになるのをグッと堪え
リビングに足を進めると、ちゃぶ台に顔を伏せ
寝息を立てて眠っている母の姿があった。
『また飲んでたのか…』
母の顔の横には
美味しいかどうかも分からない、大きな酒の瓶が置かれていて、それは既に空の状態だった。
元々、お酒が強くない母だけど
こうやって飲むようになったのは、父が他界してから。
毎日毎日…
父が死んだことを嘆き、涙を流し、悲しみに明け暮れ
お酒に溺れるようになったのは
私が中学生になった頃だった。
勤めていた仕事も辞め、私を育てる為に
夜の仕事へと転職した母…
でも、最近はその仕事も休みがちで
朝から晩まで、酒に浸ることが多くなっていた。
酔っ払った時に私が居合わせると
私に罵声を浴びせたり、物を投げることもある…
だから今みたいに、寝てくれているのはかなりマシ。
母には何度か
父が生きていた頃の穏やかな母に戻ってほしい、
優しくて、純粋だった母にまた会いたい…と伝えた事があるが、それは無駄に終わり、私はもう諦めている。
そんな母とは離れて暮らせばいいのに…、と思われるかもしれないけど、勿論私だって
就職を機に一人暮らしをするつもりだった。
母にその旨を伝えたら
私も父のように自分から離れていくのか…
1人にしないでと泣きつかれ、私は家を出ていくことができなくなった。
あの時は、母に必要とされていることが嬉しくて
一緒に暮らし続けることに同意したけど…
今思えば、母は私が出ていくことで
自分の生活費のことを心配していたのかもしれない。