第9章 修練
「お前が男に絡まれているのを見た時…
無性に腹が立った。
お前らしくないと厳しく伝えたのは…
…ただの八つ当たりだから気にしないでくれ。」
『っ…』
八つ当たりって…
それは……冨岡さんがさっきの男性に
嫉妬してくれたってことで合ってる…??
男性を上手く追い払えなかった
私に怒ってた訳じゃなかったってこと…?
冨岡さんの本音をもっと聞きたくて
尋ねようと思ったけど…
ふと視界に入った冨岡さんの耳が
凄く赤くなっていることに気付いた。
いつも言葉足らずで
人と話をするのが好きじゃないはずの冨岡さんが
今は精一杯、自分なりに気持ちを伝えてくれて
私に謝罪してくれてる…
それだけで充分満足させられた私は
深く追求するのはやめた。
着物姿の私を美しいって思ってくれただけでも、すごく嬉しかったから…
今はもう、十分過ぎるほど心が満たされた。
『あの着物、蜜璃ちゃんが買ってくれたんです。
また機会があれば…着てもいいですか?』
「あぁ……、だが着る時は…」
『冨岡さんが居る時限定…、で、いいですか?
眼鏡を外す時と一緒で。』
「…分かってるならいい。」
『ふふっ』
焦ったいような、くすぐったいような会話に笑みが溢れた。
冨岡さんの気持ちを全部聞いたわけじゃないけど、私の事を嫌っている感じはなくて…
寧ろ、期待しちゃってもいいのかなって思うくらいだった。
いつか、冨岡さんの口から
私に対する気持ちを言葉で伝えてくれるかな…?
そんな未来が訪れて欲しい、と期待に胸を膨らませながら歩いていると、先を歩いていた冨岡さんは、一軒の店の前で立ち止まった。
「この店でいいか?」
『あ、はい!大丈夫です!』
冨岡さんの後に続いて暖簾をくぐって中に入ると、ここは定食屋さんのようだった。
「いらっしゃい!何にします?」
「鮭大根定食を頼む。」
『鮭大根…?』
あまり聞き慣れない料理名に首を傾げ、お品書きを見ずに注文を伝えた冨岡さんは、その料理はこのお店の看板メニューである事を教えてくれた。