第12章 (短編)ある日の話(槙寿朗)※
1人で軟膏を塗ることは難しいと悟った柊は諦めようとしたが、そういえば槙寿朗はまだ起きていたな。
彼に頼もう。そう思い立つと部屋を出る。
「槙寿朗、まだ起きているか?少し良いか?」
「構わんが、何の用だ。」
部屋に入ると彼は何やら書き物をしていたようだ。
柊に出会ってから槙寿朗は酒も博打も一切辞めたようで、新旧炎柱の2人に稽古を見てもらえると聞いて煉獄家には隊士が出入りするようになった。槙寿朗はその隊士たちの稽古メニューやそれぞれの長所短所をまとめているのだ。
「すまない、忙しいのならまた今度にする。」
「いや、もう終わるとこだ。…で、こんな時間に何だ?いくらお前でも夜更けに男の部屋を訪れるなどあまり感心しないぞ。」
冗談ぽく悪態をつく槙寿朗だが、2人の関係は最初からずっとこんな感じなので柊も気にすることはない。
「しのぶ…、蟲柱から傷跡に塗る軟膏を貰ったのだが、背中は1人で塗ることができなくてな、槙寿朗、塗ってくれないか?」
柊は薬籠を槙寿朗に向けて差し出す。
「は?…待て待て、なぜ俺が…。」
「なぜって…何か不都合でも?」
キョトンと首を傾げる柊に槙寿朗は慌てる。
「お前にとって俺は歳下かもしれんが、俺にとっては年端もいかぬ若い娘なんだ。そんな娘が夜更けに男の部屋で肌に触れるなんてダメに決まってるだろう!」
「だが、薬を塗るだけだし…。」
シュンと悲しい表情をすると「うっ…」と槙寿朗はたじろく。
「…ーーっわかった!わかったからそんな顔するな!塗れば良いんだろ。貸せっ!後から文句言うなよ!」
柊の手から薬籠を奪うと覚悟したのか柊の方へと体の向きを変える。
柊は槙寿朗に背を向け浴衣の袖を抜いて上半身の肌を曝け出す。
槙寿朗は薬籠から軟膏を中指と薬指の2本ですくうと柊の背中に手を伸ばす。